4 ゲーム開始

… 2004年6月1日 17:00


「1番、相葉雅紀くん!」

相葉はその声が聞こえなかったようにまだ大野の死体を見つめていた。

「相葉ちゃん!」

相葉は櫻井の声に、まるで亡霊のような色のない顔で振り返ったが、その言葉に首を振って大野の死体から離れようとしない。

「あれー?どうしたの、相葉くん。行かないの?」
中居がイライラしたような口調で急かした。

戦闘服の男が、その声すら聞こえてないような相葉に銃を向けた。

「相葉ちゃん!早く行かないと!」
二宮も松本も叫んでいた。

「どうすんの。行くの?行かないの?」
中居の最終通告に相葉が大野から視線を外し顔を上げた。

自分の顔の前には銃口が向けられている。
それを見ると突然相葉は

「うわああーー!」

奇声を発して走り出すとその背にバッグが投げつけられた。

「相葉ちゃん!―――に」

櫻井が相葉に何か叫んだが、それは相葉自身の悲鳴によってかき消された。


相葉ちゃん・・・
二宮、松本は相葉の行動に胸を締め付けられ、言葉もかけることもできずその姿を見送るだけだった。


「2番、秋山純くん」
次に名前を呼ばれた秋山は、青ざめた顔で何も言わず荷物を受け取り教室を後にした。


櫻井は自分の番がくるまで時計を睨みながらあせっていた。
相葉ちゃんに追いつかないと・・・
そうして嵐のメンバーに目くばせを送る。
ニ宮、松本もわかったように小さく頷いた。


井ノ原、今井・・次々に五十音順で名前を呼ばれ教室を出て行く。
無言のまま出て行く者。不安げにメンバーの誰かの顔を見る者。
それぞれが、理不尽な死のゲームへの1歩を踏み出すために教室を去っていく。
ひとり、ふたりと仲間が減っていき、残されたものは自分の番がくるのを戦々恐々とした気持ちで待つことしかできなかった。


国分の番になった。
「7番、国分太一くん」

名前を呼ばれた太一がニヤリと一瞬笑ったような顔をしたのは気のせいだったろうか。
城島はとてつもない不安が胸に広がるのを押さえ込もうとしていた。
あいつ・・・まさか・・・
自分の番は坂本の次の次だ。うまくいけば追いつけるかもしれん。

坂本の名前が呼ばれたとき、国分に追いつかねばと、ただそれだけを考えていた。


「10番、城島茂くん」
だから名前を呼ばれると、そそくさとバッグを受け取り早足で教室を出た。

校舎を出てしばらく歩くと道が四方に分かれているところに出た。どっちに進もうか迷っていたそのとき

ダダダダダダダダダダダダダダ・・・

という音が空を振るわせた。

上空を、鳥たちがバサバサと羽を羽ばたかせ飛んでいくのを城島は見上げた。
何故か城島はマシンガンを撃ったのは国分だと瞬間的に思い、音がした方へと駆け出していた。
自分の武器すら確かめもせずに。

 

森の中のわき道にそれたところでいったん止まると、岡田は辺りに誰も居ないことを確認して荷物をおろし水と、食料のシリアルバーを取り出すとバッグを椅子代わりにしてその上に座った。
早い順番で校舎を出てから歩きっぱなしだったため、さすがに疲れた。
おまけに今日は朝から何も食べてなかった。
バーにかじりつき飲料水をがぶ飲みし、一応は腹を満たすと、バッグに収まりきらずはみだしている自分の武器を眺めた。
それをバッグから引き出してみる。

・・・・・。

これで昆虫採集でもしろってか?
虫取り網をまじまじと見てみる。
「夏休みの小学生かオレは」
と自分で突っ込んでみるが、誰も笑ってくれるものはいない。

なんだかばかばかしくなって虫取り網を放り投げ、草むらの上に寝転んでみる。
確かに珍しい蝶なんかはいそうな雰囲気の場所である。
天気もいいし、風はさわやかだし、のどかだし、全く緊張感がない武器にやる気なんてでるわけもない。なんだか教室のことも殺し合いのことも何もかもが夢のように感じられる。
そうだ。これはきっと悪い夢だ・・夢なんだ・・・

「あ〜あ」

と伸びをしながら視界いっぱいの青空に声をあげたとき。
そののどかな空気を切り裂くダダダダダダ・・・・という銃声が風にのって聞こえてきた。

まじ!?

岡田はがばりと起き上がった。
冷や汗が流れる。
やべえ・・殺されちゃうよこれじゃ・・・
どうしよう・・・・

岡田は頭を抱えて身を硬くした。

 

国分は坂本の死体を眺めていた。
瞳を閉じても今起こった光景が鮮やかに浮かび上がってくる。
国分はまるで映画のワンシーンのようにそれをリプレイしていた。

自分が放ったマシンガンのおびただしい数の弾に、坂本のからだが貫かれ舞い踊ったことを。
肩にかけていたバッグも銃弾の被害にあい形を変え、坂本の肉片と共にその中身が草むらの中へと飛び散っていったことを。
そして、坂本が全身から血を噴出させ倒れるとあっけなく事切れたことを。

全て一瞬のうちに起こったそれらは、今戻ってきたこの静寂の中に包まれていると夢のように思われ実感が薄れていく。

まさにゲームのように------

しかし、マシンガンを撃ち終わった後の衝撃がまだこの手に残っていた。
思わず国分は身震いをする。
これはゲームなんかじゃない・・・
そうだ。オレが撃ったんだ・・・
このマシンガンで。


茂みの中で血に染まっているかつての友の体。

その血はまだ暖かいだろう。
理由なんてない。
誰でもよかった。
ただ、このゲームに参加する者としてオレは選ばれたんだ。

そう。
武器のサブマシンガンを見たときに決めたんだ。

これは「当たり」だと。
だったらもう戦うしかない。
生き残るために戦うと。

だから、後から出て来て「太一!」と呼びかけてきた坂本君を撃った。
無邪気に手を振り、一点の曇りもない目でオレを見た坂本君を。
そうだ。オレは坂本君を殺したんだ。この手で。

オレはもう以前のオレじゃない。
だってそうじゃないと、この島で生き残ることなんて出来ない・・・・


だけど・・・。

何故だろう。今この目から流れてくるものは・・・
全ての感情を捨てようと決めたのに・・・


国分は涙を振り払うように顔を空に向けた。

「さよなら坂本君」

そして坂本の死体に背を向け歩き出した。

【坂本昌行 死亡 残り21人】

 

マシンガンの音が鳴り響いた頃、教室では光一の名前が呼ばれていた。

なんだこの音は?
教室に居残っていた誰もが不安げな目をして、誰かが撃たれたかも知れないことを感じていた。

「はえーな。もう始まっちゃたんだ。出遅れるてるねみんな」

中居の茶化した言葉に光一は答えることはなく、心の動揺を見せないように中居の眼を見据え、白いシャツが血で染まった腕でバッグを受け取ると、振り返りもせず静かに出て行った。



そんな光一を複雑な思いで見送った剛は、次に名前を呼ばれ外に出ると校舎の影で嘔吐した。
教室での惨事を目の当たりにして、胃液が逆流してきていたのを今までずっと我慢していたのだ。
ひとしきり吐き、水を求めバッグを開けた。
バッグの中の武器を無言で手に取りぼんやり思う。

光一・・・どこ行ったんやろ?
あんなに血ぃ出て・・・。怪我しとるのに光一・・・大丈夫かな・・・。

姿勢を正して辺りを見回しても、先に出た光一の姿はやはり見当たらない。
もしかしたら自分のことを待っていてくれてるかもしれないと思って出てきた剛だったが、自分の甘さに苦笑した。

そんな、淡い期待めいたものすらこの島では持つことは出来ないのだろう。
光一の姿の代わり視界に入ってきたのは小高い山の上の電光掲示板。

と、その掲示板によく知っている文字が浮かび上がった。

「うそやん・・・」

剛は目を凝らしてそれを見た。
坂本くんが?
「坂本昌行 死亡」
見間違うはずもなく、そこには見慣れた仲間の名前が表示された。

――殺された

信じられへん・・・うそやろ?なぁ・・・
一体誰が?
さっき大野が死んだばっかりやのに
もう人が死んでもた・・・

鮮烈に呼び戻されるまだ新しい記憶。

爆発した頭部。
赤い海に浸る、耳らしき残骸。
一面に飛び散った生々しい肉片や骨片。
血と火薬の匂い。

―――うっ
剛はまた胃液があがってくるのを、口に手にあてて必死に耐える。

「なんやねん・・・もう・・・」

涙目で呟く。
誰かにすがりたい、甘えたい気持ちでいっぱいになった。
心も身体もぐるぐると回っているようで気分が悪い。

しかも武装した兵士が、こちらに進んでくるのが見えた。

なんや、見回りしとんか?
とにかくここ離れんと・・・

重いからだを上げバッグを背負い、剛はふらふらと目の前の山道を下り始めた。

校舎があるここ一帯は、山の上に位置しているらしい。
木々の間から彼方の景色が小さく下に見えた。
しばらく歩くと平坦な道に入り、さらに森の中を進んでいると目の前に崖が現れた。
行き止まり?と足を止めた剛の目にそれが入った。

なんつーぼろい吊り橋や!

こちら側の崖と向こう側の崖をつなぐ吊り橋がかかっている。
吊り橋の下を覗くと、遥か下に見える川がすさまじい勢いで流れていた。
ゴツゴツとした大きな岩も、10円玉くらいのサイズに見える。

うわ、こわ・・・
こんなボロボロの吊り橋渡るなんて奇特なやつおるんか!

吊り橋を渡るのをためらって、その場にぺたんと座り込んでしまった。


サワサワ―――
風が草木を揺らしている。
西側に見える水平線上には太陽がオレンジ色に輝いている。
じきに陽は落ち、辺り一面を幻想的に覆い尽くすだろう。
剛は夕陽に包まれた島の光景を想像する。

楽園や。

思わずふっと笑みがこぼれたのは、その光景に、ではなく。
今、死のゲームが行われているというこの場所を、まるでそぐわない陳腐な言葉で表現してしまった自分の感性にだった。

地獄や。
ここは地獄という名の楽園か。
それとも楽園という、はりぼてをかぶった地獄か。
どっちにしても地獄なんや。ここは・・・

潮風の匂いに包みこまれ、剛は壮大な景色をぼーっと眺めた。

やはり島は美しかった。
自分たちの殺し合いなどと無関係に島は美しくあり続けるのだろう。

気分を取り戻した剛は視線をずらした。

「あ・・・観覧車や」

吊り橋の向こう側、丘陵の先まで目をやると、赤い観覧車がゆっくりゆっくりと回っているのが見下ろせた。
ここはリゾート地として開発途中だったという中居の言葉を思い出す。
遊園地があるのだろう。アトラクションの建物や絶叫マシンのようなものも見える。
さらに目を凝らすと、海に面しているその先は船着場らしく船が何艘か見えた。
しかしその船に乗ってここを逃げ出すことは出来ないのだ。
もう一度観覧車に目を移す。

なんで動いてんやろか・・・。

剛は日本刀を右手に持ちながら、吊り橋を横目に別の道を見つけるべく歩き出した。



滝沢が校舎を出てから坂道を歩いている途中、掲示板を確認するとそこには仲間に殺されただろう一人目の名前が表示された。

「坂本君が?」

信じられない・・・・
さっきまで同じ場所にいた坂本君が、すでに死んでしまった・・・

それも誰か、この島にいる仲間に殺されたという事実はにわかに信じられるものではなかった。
だけどあのマシンガンが撃たれた音が何よりもそれを物語っているのではないか?

滝沢は荷物の中からそれを取り出した。
ずしりと重い感触の、黒光りする拳銃を。

オレがこれで?
誰かを撃つ?

滝沢は震える手でそれを握り締めた。

嘘だろ・・・マジかよ。
だけど、もしも誰かに殺されそうになったら?
オレは引き金を弾けるのだろうか・・・

そして突然今井の顔が頭に浮かんだ。
翼が殺されること、それだけは耐えられない・・・

「翼。どこにいる?」

滝沢は拳銃を腰のベルトに差し込むと、今井を探しに行こうと心に誓いまた歩き出した。

 

城島は自分の見ている光景が信じられなかった。
小高い丘の草いきれの中、そこにはもう息をしてない坂本のからだが無残な姿で横たわっていた。

一目で絶命していることがわかった。
何しろ体中に穴が開いていて、そこから流れ出たおびただしい量の血で坂本は真っ赤に染まっていたのだから。
さっきの音の犠牲者は坂本だったのだ。

「信じられへん・・・」

なんで、なんでなんで!!
あまりの惨たらしさに城島は知らず知らずのうちに嗚咽していた。
まさか、まさか・・・太一・・・か? 
教室で見た異様な国分の様子が脳裏をよぎり、城島は力なく首を振った。
城島は坂本のまぶたを両手で閉じてやり黙祷を捧げた。

ふと目を開け、顔を上げると前方の草の中に白いかたまりが見えた。
その正体が野ばらだとわかり、しばし見つめていた城島だが、そこへ近づいた。

とげだらけの花でごめんな・・・

手にした野ばらを持つとまた坂本に歩み寄りそう呟き、しばらくそのまま立ち尽くしていた城島だったが、やがて静かにそこを立ち去った。

 

最後に教室を出た後、小高い山に備え付けられた大きな電光掲示板を山下は見上げていた。
「大野智 坂本昌行 死亡」
と赤い文字はピカピカと光っている。

教室で聞いたあのマシンガンの音の犠牲者は、坂本君だったんだー。
「ヤったやつ誰だよすげぇな。オレもがんばんないとなー」

普段はやる気のないようなそのスタイルが売りな山下だが、今回はちょっと違うようだ。
どこ行けばいいのかなー と辺りをぐるりと見回してみる。

ていうか、その前に武器・・・
山下はバッグを開けて武器を探した。

ない?

あせりながらバックの中身を道にぶちまけた。

「武器入ってねーし!」
思わず悪態をつきながら地面に転がっている物を呆然と見渡した。


あれ?
なんだこれ・・・

山下はそれに手を伸ばした。
「これって・・・使えるのかなァ?」

けど、ここでは武器として一体どんな使い道があるんだろ?
でも、もしこれが生きてるなら・・・
思わずナンバーボタンを素早く押し、耳に当ててみるが何の反応もない。
ディスプレイにも何も表示はされない。
なんだよ、やっぱ通じないんじゃ・・・

と思っているうちに手の中のそれが震えだした。
あれ?ディスプレイには緊急圏外と表示されている。

不思議に思いながらも、山下は思い切って操作ボタンを押し耳に押し当てた。

「・・・・誰?」
「山下クン・・・カナ?」

山下は驚きながらも、ボイスチェンジャーで変えられたと思われるような機械的な声の主にハイと返事をしていた。


ざわざわと風が不気味に音を立て、木々の緑の葉を撒き散らしながら、それを耳にしている山下の周りを吹き抜けていった。

運命の歯車がゆっくりと動き出す。
この島にいる者全ての運命を握る鍵が今、山下の手の中にあった。

電話を切った山下は、それをポケットにしまいこむと急に可笑しさがこみ上げてくるのに耐え切れず口元を緩めた。

「そゆうことかー。けどマジなのかな・・・アヤシーよな」

地図を取り出しその場所を確認しつつ一人であれこれ考えていた山下だったが、とりあえずここにいても仕方ないし・・・武器が手に入るなら行ってみる価値はあるよね?と、ついに覚悟を決めるとバッグを肩に背負い歩き出した。

 

校舎を出た松岡は大野の悲惨な死を目の当たりにして眩暈を起こしたものの、マイペースな彼はまず自分の身の確保をしなければと冷静に判断していた。

「とりあえず武器の確認か。けど、こんなとこでバック広げてたら危ないよな」

周りを見渡すと、校舎から少し離れた森林の中に二階建ての建物が見えた。
木々が周りを覆うように生い茂っており、その建物は遠目では何かわからなかった。
風が、木の葉の群集を揺らしながら、自分の声や、草を踏みしめる足音もかき消す程のうなり声をあげ通り過ぎていく。

一階の入り口にそっと足を踏み入れてみると下駄箱があり、真っ暗な廊下がまっすぐ伸びていた。
奥の突き当たりに見える非常口の案内燈が、その周囲だけをぼうっと薄緑に照らしている。

「薄気味わりぃーな」
廊下を進んでみるとすぐ左側に大きな扉があり、ギギギ・・・と少し開けて中の様子を見た。

「あー、体育館か」
そう一言呟き、覗いただけでその大きな扉を閉めると廊下の奥へとまた進む。
突き当たり近くにいくとまるでホラー映画のようにトイレの入り口から不気味な空気が漂っていた。
松岡は少し怖気づきながらもドアを開いた。
トイレの壁はコンクリートで出来ており、立地条件からか外の光が差し込んでくることは無く、電気のスイッチを押してもカチカチと音が鳴るだけで光を照らすことは無かった。
窓の隙間から入ってくる、ざわざわという木々の音がさらにホラー映画を思わせる。
しかし松岡は、逆にその方が誰も来ないだろうから安心だ、と古ぼけた個室の扉を開け、真っ暗な洋式の便座に座り込んだ。

「ええっと?武器。武器は、と」

膝の上に大きなバックを乗せ、中をがさがさと確認する。
しかし武器らしいものは入っていなかった。

「は?なんっだよこれ!武器なんてどこにあんだよ!」
怒ってバックを投げつけようとしたが、そこはトイレ。
ハッと我に返り、ココにぶちまけたら後片付けするときにせつねーよな・・・と思い直して便器から立ち上がった。

「しゃーねぇ」
荷物を抱えて移動した松岡は、大きな扉を開き体育館の中に腰を下ろして改めてバックを確認した。

「どこにあんだよ。いい加減にしろよ」
イラつきながら中の物をひとつひとつ取り出した。

「・・・コレも違う。コレも・・・違う。えっと、これは水だろ・・・懐中電灯・・地図・・・歯磨きセット?・・・方位磁石・・・うちわ・・・うちわ!?」

松岡がまさか!とうちわを手に取り、それを見てみると

“険”

と、うちわの表に大きな文字で一文字、どーんと書かれていた。

「・・・険??なんだ?」
よくよく見てみるとマジックで書かれたその大きな一文字の横に、でたらめに小さな文字が続いていた。

―――険もどきby中居―――

汚い中居の字は、してやったりといった自信満々のオーラを発していた。

「あーーーーーーーっはははははははは!!!
“険”じゃなくて“剣”だろ中居君!
やっぱりなー!昔から馬鹿だと思ってたよ、あんたのこと!!」

きっとこれを書いた中居は、この貧弱な武器を手にとってしまった人間が、これが剣かよ!と絶望感に陥ることを空想し、優越感に浸りながらマジックを走らせたのだろうと思うと、笑いが止まらなかった。

「マヌケすぎるよ、あんた・・・ぶふっ!」

しかし、ひとしきり笑い終えた後、自分もマヌケなことに気が付いた。
現実にもこの“険”と書かれたうちわが自分の武器なのだ。
松岡は怒りを通り越して、情けない気持ちでいっぱいになった。

「敵が出てきたらどうすんだ・・・これで戦うのか?」

壁に添え付けられている大きな鏡の前に立ち上がった松岡は、まるで侍にでもなったかのように“険”と書かれたうちわを剣に見立てて華麗に振り回す。

ハァ!やあ!とう!!

見えない敵に向かって、斜めに斬り、縦に斬りつけてみる。

新体操に使う大きな鏡に映る自分の姿に
アレ?結構サマになってる?
やっぱ俺って何やっても決まっちゃうんだよなー。
と、フフンと陶酔した。

くるっとターンを決め、びしっと背筋を伸ばすと
「フィニッシュ!」
うちわを頭上に振り上げ、一気に振り下ろす。

ブン!!

そよそよと涼しい風が漂った。

「・・・って、相手涼ませてどうすんだよ!」

とうとう怒りを我慢できなくなった松岡は、鏡に向かってうちわを思いっきり投げつけた。
が、綺麗な弧を描いてうちわは自分に跳ね返ってきてしまった。

コスッ!!

なんとも言えない音がして、松岡は額に手を当ててかがみこんだ。

「・・・・・」


暫くの沈黙の後、松岡は荷物をまとめ始めた。

「他に武器になるもの、なんか探すか・・・」

身だしなみを整えいつもの優雅な姿に戻ると、何事も無かったかのように建物の外に出た。

「つーか、どこいきゃ武器なんて手に入るんだ?」
ふと、この建物が二階建てであることに気付いた。

「二階か・・・」
一階の扉の外横には、二階に上がるための鉄製の階段が伸びていた。
カンカンと音を立て階段を上りきったところで、また大き目の扉が目に入った。
しかしドアノブのようなものは見当たらない。エレベーターの扉のような形で金属製で
できているかなり立派なドアだ。
がんがんと手で叩いたり足で蹴ってみるがびくともしない。
「チッ」
下の扉は開いていたのに、このドアの中には入れそうになかった。

しかし松岡は特にそれを不自然に思うことはなく、諦めて他の場所へ移動しようと階段に腰を下ろして地図を広げた。

「えーっと・・・GS・・・ガソリンスタンドか」
ここなら!と思い、階段を立つと

!?

サっと松岡は身をかがめた。

誰かがいる!!

もう一度、ゆっくりと顔をあげ、建物の下を見下ろした。

山下・・・?

山下が歩いている姿が見えた。
耳にあてがっているあれは、携帯電話・・・?
山下は画面を見たり、また耳にしたりと忙しくそれを操作しているようだ。
携帯・・・そうか!俺も携帯で外部に連絡をとれば!
ポケットから黒い折りたたみの携帯を取り出し、短縮を押す。
・・・が、圏外でそれが通じることは無かった。

「なんだよ、圏外かよ」

もう一度こっそり下を見下ろすと、すでに山下の姿は無かった。

松岡はふぅっと一息つくと、バッと身体を起こしうーんと背伸びをし、電光掲示板に光る名前を確認することなく地図に目をやりながら歩き出した。




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