5 狂気

… 2004年6月1日 18:00


なんかないかなーなんか。

20分程歩き続け、朽ち果てたガソリンスタンドの中に忍び込んだ松岡は、ガタガタと事務机の引き出しの中を開けたり、ロッカーの中を覗いたりしながら使えそうなものを探していた。

“険”なんて間違って書かれてるうちわなんかで戦って死ぬなんて冗談じゃない!
仮にも子供のときは太陽の絵を紫で塗りつぶし、キテレツぶりを発揮させていた彼にとって、うちわで死ぬなんていう退廃的な美学というよりも間抜けな死に方は我慢ならないものだった。

「はぁ。こんなショボイ刃物しかねーのかよ・・・他なんかもっとないかな」

不服そうに文句をたれながら、今しがた見つけた文具用のカッター、それと簡易キッチンにあった果物ナイフをポケットの中に入れたそのとき

「松岡君」

背後からのいきなりの呼びかけに松岡は心臓が止まるほど驚いた。
振り返ると秋山だった。

「なにやってんすか?」

秋山の問いかけに、内心の動揺を隠しながら松岡は意味もなく笑って見せた。
なんともいえない妙な沈黙がふたりの間に訪れたが、秋山は不意に視線を外した。

「あーのど渇いた。坂本君死んじゃいましたね」

秋山は古くて脚ががたがたいう丸椅子に腰をかけながらなんでもないことのようにそう言い放ち、バッグの中から取り出したペットボトルの水を口に含んだ。

「え?坂本君が?」

ほら、とガラス越しに遠くに見える電光掲示板を秋山が指差す。

「まじかよ!・・気づかなかった」

そんな松岡を呆れたように秋山は見た。

何しろ松岡は教室を出ると、武器を手に入れようと地図で確認したこのガソリンスタンドをただ一目散に目指し歩き続けていて、掲示板を確認することを忘れていたのだ。

やっぱ教室にいたとき聞こえたあれか?坂本君はきっとあの犠牲者に・・・。
マシンガンの連射された音が松岡の耳に蘇る。
信じられねえ・・本当に殺し合いが始まってるんだ・・・。


悲しみよりも驚きの方が先に立ってしばらく掲示板を眺めているうちに、背筋がすうっと寒くなり同時に急に喉の渇きを感じた。
松岡はバッグの中から水をとりだしごくごくと喉を鳴らして飲むと、とりあえずは小さなテーブルを挟んだ秋山の向かい側の椅子に腰掛けた。

一体誰が・・・坂本君を。

その人物は、あのマシンガンの音が聞こえた時点で、すでに校舎を後にしていた者の中にいるはずだ。

だとすれば、今目の前にいる秋山だって・・・
坂本の死を平気な様子で口にした秋山は、その死に悲しんでいるようにも見えない。
松岡は言いようのない不安が胸に広がってくるのを感じていた。

まさかこいつが・・?いやしかし・・今は敵かどうか分からない・・・

あれこれ自問自答していると

「さっき、こんなところで何してたんすか?」
やたら無邪気な顔の秋山にまた同じ質問をされ

「え・・・?ああ、ちょっとな。お前は?」
素直に武器を探していたとは言えず、松岡は秋山に質問を切り替えした。

「通りがかったら人影が見えたんで」
「あー、そうか」

そうやって特に意味の無い会話をしているうち、秋山の人懐っこい性格に、松岡はうっかり自分の武器がうちわであったことを話してしまった。

「武器がうちわ!?うちわっすか!!ぶははははは!
カッコイイじゃないすか!是非それで戦ってくださいよー!
あれ・・・ちょっとそれ。“険”ってなんすか?」

「この状況から察するに”つるぎ”の”剣”ってことじゃないかな。
ああ、これ書いたの俺じゃないからな!中居君だから!」

うちわを取り出し松岡は自慢げにそう言った。

「え?”険”と”剣”を間違えてんの!?あっはははは!サイコー!やべぇ!腹いてぇー!!
いや〜でも、松岡君ならそのうちわで戦ってもかっこいいっすよ!」

涙目になって茶化す秋山。

「あ〜ちょっとそれ貸してくださいよー」
秋山はいたずらっこのような顔になると、うちわを手に取った。

安っぽいスチール製のデスクの上に転がっていたサインペンを、おもむろに手にすると、うちわに何かを書き始める。

松岡は、なんだよ・・・と覗き込むと
険と書いてる逆の面に「北斗の」と書き足している。
たまらず、松岡はぶっはっはっと噴出した。

「おまえなあ!それ以上笑わせんなよ『北斗の険』って『拳』だろ!」と秋山を小突いた。


しばらく笑いあっていた二人だが、それが徐々に納まると、ふと松岡はずっと気になっていた質問を投げかけてみた。

「そうゆうおまえの武器はなんだよー」

しかし秋山はそれには答えず
「あーそういえば武器探してるんでしたね?ならピットルームにいったほういいんじゃないすか?」
と、冗談とも本気ともとれるようなことを言った。

え?あそうか、と松岡は言われるままに本来の目的の武器探しを思い出し、ピットへと向かった。

が、シャッターは鍵が掛かっていて開かない。
ちくしょう!とひとつシャッターへ蹴りをいれ、またスタンド内に戻ると秋山がいない。

あれ?

辺りを見回すがやはり姿は見えない。

なんだよあいつ・・・

さっきまで笑いあっていた空間が不気味にしーんと静まり返っている。

その代わり、今まで聞こえなかった切れかけている電球が、せわしなく点滅を繰り返しながら時折鳴らすジジッ・・・ジジジッという音が異様に耳に付いた。
なんとなく嫌な予感が松岡を焦らせた。

「シャッター鍵かかってるんすか?」

トイレから出てきた秋山の声に
なんだトイレか・・・
松岡はほっとしたものの、根拠のない秋山への不信感は胸の中でくすぶり続け、消えることはなかった。

こいつ、武器は何だとオレが聞いたのに、はぐらかして答えなかった・・
秋山はそんな松岡の様子に

「どうしたんすか?顔青いっすよ」
と屈託なく笑う。

そのとき突如として松岡の脳裏に、笑いながら撃つ秋山のマシンガンの弾を浴びた自分が無様に倒れるシーンが浮かんだ。

そんな松岡の胸中も知らず、秋山がテーブルの上の水をバッグに入れようとして、ぶつかった椅子がガタッと大きな音を立てた。
びくっ!
松岡の心臓が震えた。

「とりあえず松岡君といてもしょうがないしオレ行きますね」

そういって立ち去ろうとした目の前の背中に、やらなければ俺がやられる・・・。
やるしかない!

心の奥底から「秋山をやれ!」という声が聞こえたような気がして松岡は、突然果物ナイフを突きつけた。


・・・ぐはっ!


しかし、後ろに吹っ飛んだのは松岡の方だった。
松岡の行動を予測していたのか、秋山が松岡より一瞬早く翻って果物ナイフを逆手に取り松岡の胸部を蹴り上げたのだ。

不意をつかれた松岡は、椅子とテーブルを倒し床に尻餅をつくと、胸を押さえ咳き込んだ。
ナイフの刃の方を力いっぱい持ち引き寄せたせいで、秋山の手からは血が滴り落ちているが、それにも関わらず、苦しげな様子の松岡に蹴りを入れ続ける。

くそ!

蹴られながらも松岡が必死になって秋山の足にしがみついたその背に、秋山は取り上げたナイフを突き立てた。

「うわああ!!」

絶叫をあげ、たまらず手を離した松岡の背をさらにナイフで突き刺す。突き刺す。突き刺す。

うっ!

松岡は鋭い痛みに這い蹲りながら逃げ惑うが、そんな様子を秋山は冷酷な瞳で見下ろす。

「やっぱりねー・・・うちわ以外にも武器持ってたんですね。松岡君?」

秋山は、偶然通りかかったこの場所で、松岡がそれを求め探し回っていたことを見ていたのだった。
しかし松岡が調達した武器について言及しなかったため警戒していたのだ。

くそーっ!!!

カッターナイフを取り出そうと、ポケットをまさぐった松岡の手の動きに気づいた秋山はその手を無情にも踏みつけた。

「ほら、そんな物まで手に入れてたくせにうちわで誤魔化そうなんて、ちょっと卑怯じゃないですか?」

何度も何度も松岡の手を踏みつける秋山。

「うああああ!!!」

骨が砕けたんじゃないかと思うほどの痛みが松岡の全身をかけめぐる。

このままじゃ殺される!
「あき・や・ま!おまえ・・」

この野郎!と痛みをこらえ渾身の力を振り絞り松岡は立ち上がろうとしたが、すかさず秋山の蹴りが顔面にヒットした。

うわ!と、のけぞりコンクリートの壁にまともに頭を打ちつけそのまま崩れ落ちた松岡。

「もう死んでくださいね。先輩」

不適な笑みをたたえている秋山の顔がぼんやりとかすんで見え、その声も遠く聞こえた。


気を失った松岡の身体のありとあらゆる場所を秋山は何度も何度も踏み、蹴りつけ、刺し続けた。
その命の灯火が消えるまで、何度も何度も。

「死んだ?ねぇ?先輩に恨みはなかったけど・・先輩が悪いんですよ」
だって、やらなければオレがやられるはずだったんだから・・・。

ぜいぜいと肩で息をしながら秋山は松岡が絶命したことを確かめると、血だらけのナイフと落ちているカッターを拾いながら呟いた。

ふと顔を上げるとテーブルの上には松岡の飲料のペットボトルが目に入った。

そうだ・・!

秋山は咄嗟にそれを手に取った。
これは後で使えるはずだ・・・と。
ついでにちゃっかり松岡のバッグの中から食料までも手に入れた。

その時初めて秋山は、右の手のひらに鋭い痛みを感じた。
夢中になっていて気づかなかったが、ナイフで切れた傷からは血が流れていた。
秋山は急に震えが止まらなくなり、たった今自分がしたことを思い返しもう動かない松岡に目をやった。

違う・・・俺のせいなんかじゃない・・・
そうだ・・松岡君がいけないんだ。松岡君が最初に襲ってきたんだ・・・

秋山は誰に対するわけでもなく自分自身に言い聞かせるようにその言葉を繰り返し、松岡の死体から目を背けた。
そうしてなんとか気持ちを静めるのに成功した秋山は、汚いものでも見るように眺めていた手の血を傷口を染みらせながら洗い流し、足早にその場を立ち去った。

スタンド内に吹き込んだ気まぐれな風が、松岡の武器のうちわを外へと運んでいったのはそのしばらく後のことだった。

【松岡昌宏 死亡 残り20名】

 

井ノ原は坂本の死が信じられなかった。
電光掲示板がその死を告げても、どうしても信じられなかった。

何かの間違いだろ?
だからこの目で見るまでは絶対信じないと思っていた。
だけど、今ここにあるのは紛れもない冷たい血まみれの坂本のからだだった。

掲示板で名前を見てから坂本を探しまくった。
そうしてようやく会えたとき、もうそれは動かないかつての友人のあまりにも惨たらしい姿だった。

「なんでだよ・・・なんで誰がやったんだよ!誰が・・・」

坂本の死体にすがりつき井ノ原は声をあげて泣いた。
ぼろぼろぼろぼろ、後から後から生暖かい涙が流れては坂本の顔へと雫となって落ちていった。
坂本の頬についてる血をそっと指でなでてやる。
まぶたが閉じられている坂本は、まるで苦しまないで死んでいったかのように穏やかな顔をしている。
だけどいくら呼びかけてももう返事すらできないのだ。

ふと坂本のからだの上に白い花が一輪置かれているのに、井ノ原は気づいた。
恐る恐るその花を取り、見つめる。
辺りに目をやると、少し離れたところに白い花が群生していた。
野ばらだ。
誰かが・・・・
誰が坂本君にこの花を手向けたのだろうか?
それは坂本君を殺した人物だろうか?
それとも誰かがここへ来て・・・?
そんなことを花を見つめながら考えていると

「イノッチ・・・」

え?

聞き覚えのある声が頭上で響き井ノ原は振り仰いだ。
夕日が逆光になっていて顔は見えないが、まぎれもなくその声とシルエットの主は光一だ。
「光一・・・」
涙顔のまま井ノ原は光一の顔を見上げた。

 

山口はあせっていた。
国分の様子がおかしくなっていたことも、それを城島が気にしていたこともわかっていた。
坂本君が死んだのは、もしかして・・・。
時間的にいっても国分が怪しいのは否めない。
だけどそんなこと、信じたくはなかった。

「信じられるはずないだろ!」

だけど急がなきゃ・・・
今はともかくトキオのメンバーの誰かに会いたかった。

長瀬が出る前、一瞬振り返って自分を見たときに「南に行け」と小声で言うと頷いてたからあいつも南に向かってるはずだ。
早く追いついて、合流すればなんとかなるかもしれない。
このばかげたゲームを止める手立てを考えないと・・・。

南という一言だけで、どこを目印にして進めばいいか分からないのはお互い様だが、南には鳥居のマークがある。神社があるのだろう。
他にめぼしい目印はないからきっと長瀬もここを目指すだろう。
地図で位置を確認しながら山口は早足で急いだ。

そのときふと遠くに見える掲示板が、新たな点滅を始めたのが目の端に写った。

え?

一瞬見間違いじゃないかと山口は目をしばたいた。

うそだろ・・・
うそだ・・・!

そしてそれが間違いじゃないということが分かると
山口は絶叫していた。

「松岡――!!!」

 

夕暮れの道に二つの影が伸びていた。
二宮と松本だ。
「キタに行こう」と櫻井が出て行くとき小声で言ったのを聞き逃すはずはなかった。

とにかく翔君に合流して、早く相葉ちゃんを探さないと。
思いは同じだった。地図で確認すると北には展望台があった。
そこに行けばきっと会える。何故かそんな気がしていた。

すでに死亡者が出ているこんな状況にいても、嵐として信じあえる自分たちがうれしかった。

――オレたちは永遠に嵐だ。

死んだ大野のためにもそれだけは貫きたかった。
二人は北に向かって走りだしていた。




Next Page >>