9 仲間
… 2004年6月1日 21:00


「俺のせいだ」

校舎を出てから、何度も繰り返した言葉を今もまたポツリポツリと呟き、砂浜に膝を抱え、座り込んだその影は微動だにしなかった。

あの席に座るとき、俺が大野君に窓際がいいなんて言ったから・・・。
もし、あのとき俺があんなこと言わなかったら、ジョーカーの席に座ったのは俺だった・・・。
ホントは俺だったんだ・・・。

大野の最期の涙と最期の言葉。
そして、爆発して吹っ飛んだ首と、首のない死体。
大野の最期が、まぶたを閉じても残像となり蘇り、それは消えることがなかった。

海は凪だった。
相葉は闇の中、波のない鏡面のような海を眺めていた。
ゲーム開始から何時間も歩き続けてきたものの、いったん座るともう動く気はせず、どれほどの時間がたったのかもわからないほど、ぼーっと砂浜に座り込んでいた。
もうずっと海以外のものは見ていない。
死亡者の名前が表示されているだろう、遠くに光り輝いている電光掲示板からも相葉はかたくなに目を背け続けていた。

島は完全に夜のとばりが落ちていた。
星と月が夜の空を支配している。空は紺青。またたく幾千もの星たち。
規則正しく寄せては返す波の音。
大野の壮絶な死で幕を開けた仲間同士での殺し合いのゲーム。
何もかもから心を閉じ、ただひたすら歩いてきた相葉だったが、掲示板を見なくてもここまで来る途中で否応なしに聞こえた銃声から、とっくにそれが始まっているだろうことは想像がついた。
しかし、それでも今こうして真っ暗な海を見ていると、まるで自分がその闇に同化してしまったような錯覚に陥り、あの教室で起こったことは幻だったのではと思われて仕方なかった。
首輪にそっと触れてみる。
大野君・・・
大野の最期の言葉を相葉は口にしてみる。

「オレ嵐で・・・」
「-―よかった」

そうくちびるが動いたのを見たのは自分だけだったろうか。

寒い・・・。
潮風が薄着の相葉のからだに吹き付ける。
相葉はふらふらと立ち上がると辺りを見回す。
誰も居ない。本当に誰も居ないようだ。

遠くに展望台が見える。
あそこにいってみようか。
何故かそう思った。
どこか安心して眠れる場所が欲しい。心からそう思った。
眠って眠ってこの夜が過ぎて、朝がくれば、何もかも元に戻ってて、大野君と翔と松潤とニノとみんなでまた嵐になって・・・。
5人のうち一人でも欠けたら嵐じゃない。
今は悪夢の中にいるんだ。そうだ今が夜だからいけないんだ。
子供の頃、姿の見えない恐ろしい怪物に追いかけられる夢を見ても、朝日に目を覚ませば穏やかないつもの1日が始まったように。
朝が来れば。
朝さえ来て目が覚めれば、きっと元に戻れる。
元の嵐に。

展望台の光に導かれ、相葉はゆっくりと歩き出した。

 

「着いた・・・着いたよ長野君」
長野を背負い1時間もかけて診療所まで歩いてきた長瀬は、ようやく目的の古い建物が見える場所までたどり着いた。
だまって長野をあの場においていくことは出来なかった。
それは長野の死につながると思い、長瀬にはそれが我慢ならない行為だったからだ。

傷を負った長野を連れて歩くことは、ここのルールではかなりの危険を伴うと判断した長瀬は、誰かわからない人物に出会うかもしれないリスクを負うより、時間がかかっても人の通る道を避けたほうがいいと判断し、山道を歩くことを選んだのだ。

しかし途中で迷い本道に抜け出すのにかなりの時間を要してしまっていた。
その時間が長野の気力も体力も奪い去ったような気がして、気が気ではない。
とにかくここなら処置の仕様があるはずだ。

「ごめんな・・・」

長野の声が肩越しに苦しげに響いた。
その一言すら口にするだけでかなり負担がかかったようで、長野は荒い呼吸を繰り返す。

「やだな。あやまんないでよ」

わざと明るく言ったものの何しろずっと長野に肩を貸したり、背負ったりしながら歩いてきたのでさすがの長瀬も疲労困憊していた。
ともすればこの場にへたりこんでしまいそうな自分の体に、これからだ。と気合をかけて一歩一歩前に進む。

長瀬は切れた息を整えると、思い切って診療所の入り口のドアノブを回した。
鍵はかかってなく、ぎーっという音を辺りに響かせドアが開いた。
土足のまま長野を連れ立って長瀬は中に入る。

鍵が掛かってないということは・・・先客がいるのか?
鼓動が早まる。敵か、味方か?
長瀬は辺りを見回してみた。

真っ暗で中はしんと静まり返っているままだ。
「誰もいない」
もしかして、誰かが隠れているのかもしれない。
そんないやな考えも浮かんだが無理にそれを振りはらい、長野と自分自身に言い聞かせるように言った。

暗い中で玄関をあがる。
そろそろと手探りで進む。足を踏みおろすごとに床の埃が舞い上がった。
埃っぽい空気に思わずむせる。

すぐにまた目の前にドアが現れた。
長瀬はできるだけ音を立てないようにと、静かに引き戸を開いたつもりだった。
しかし努力もむなしくそれはガタガタとうるさい音を発した。

自分の立てたその音に驚いた長瀬は顔が引きつったが、もういいや!と開き直って今度は勢いよく開けた。
暗闇で中の見えない部屋へ一歩踏み入ると

ぶん

突然空気を切り裂く音が耳元でした。

え?なんだ?

思わずたじろぎ、暗闇の中目を凝らすと、窓から漏れてくる月明かりに鋭い刃先が光った。

なっ!お、斧!?

それを振りかざし襲ってきたのは・・・・

「健!?」
・・・・っ!?

驚きのあまり長瀬は声を失い、いかにも恐ろしげな斧を手にしている三宅から、後ろへとよろめいた。

長野が長瀬の背でうっという小さな声を漏らした。

健がオレを殺そうと・・!?

その武器に目を奪われ、長瀬は咄嗟の判断がつきかね自分がどうすべきか何を言うべきか
分からず、目だけを白黒させていた。
三宅が前へと足を踏み出した。

「うっひゃあ!」

目をそらし今度は思わず声をあげると

「ごめん。智ちゃんだったんだ。誰か分からなくて・・・あれ長野君?」

三宅が決まり悪そうに言うと斧を床に置き、後ろの長野に走り寄りその顔を覗き込んだ。
長野が苦しそうに顔をあげ、目の前の三宅を確認した。

「健・・・おまえ・・ここにいたんだ」
「うん・・夜になってからここに」

途端に子供のような顔になって三宅が長野にまとわりついた。

な・・なんだよー・・・。

恐怖のあまり固まっていた長瀬はほっとすると同時に、足ががくがくと震えているのに気づいた。
しかし三宅はそんな長瀬の様子には目もくれず、すぐに長野の異常に気づくと険しい顔になった。

「血・・!出てるじゃん!怪我してるの!?」
「ああ・・そう・・う、撃たれたんだよ」


まだ鼓動のドキドキが止まらない。
あ〜まじびびった!殺されるかと思ったよ!
でも・・・
とりあえず、今のはなかったことにしよう・・・

長野を心配そうに見詰めている三宅の横顔を見ながら、そう思った長瀬だった。


三宅は部屋の奥の診察室へと長瀬と長野を案内した。
少し迷って電気をつけるのはやめて、懐中電灯の灯りをつけることにした。
二人がかりで長野をベッドに寝かせると長瀬が服をめくりあげ、懐中電灯で傷口を照らした。
三宅は恐る恐るその傷を見て痛そうな顔をした。

「大丈夫なの!?誰に撃たれたんだよ?」
三宅の言葉に長野と長瀬は首を振った。

「わからないけど、マシンガン持ってるやつだ。逃げたんだけど当たっちまってな。ハハっ」

長野は三宅の心配を吹き飛ばそうとするかのように軽い口調で笑った後、やはり傷が痛むらしく苦しげに息を吐いた。

「マシンガン・・・・」

教室で名前を呼ばれるのを待っていたとき、マシンガンと思われる音が聞こえたことを三宅は思い出した。
きっとあの時撃った者が、長野君にもそれを向け発砲したのだろう・・・。

間違いなく仲間の中にいる誰かが――

三宅は唇を噛み締めその凍りつくような事実を受け止める。

「どうするの?長野君の怪我・・・」
「ああ、ここなら何かあると思って」

長瀬が傷を確認しながら、三宅に救いを求めるように言ったとき

「そうだ。ゴウが」
長野が思い出したように呟いた。

「え?ゴウ!?ゴウがどうしたって!?」
三宅はその名前に反応して、長野に問いただした。

「ゴウも一緒にいたんだ。お前のこと探してさ。だけど歩いてるうちにいきなりマシンガンで撃ち込まれて」
「それで!?ゴウは無事なの!?」

答えによっては長野を許さないとでもいうような気迫で三宅は詰め寄った。

「ああ、たぶん・・・でもはぐれちまって分からないんだ。無事に逃げてればいいんだけど」
「どこ!?ゴウ!その場所教えて長野君!」
三宅は切羽詰ったような声を張り上げた。

三宅は素早く地図を広げ、森田とはぐれた場所を聞き出し位置確認をした。

「マシンガン持ったやつ、まだ近くにいるかもしれないから気をつけて行けよ」
ありがと智ちゃんとお礼をいうと、三宅は長瀬に長野を任せてそそくさと診療所を後にした。


智ちゃん・・・ってなんだよあいつ・・調子狂うな・・・。
恐ろしい斧を手にしているくせに、それとは全く結びつかない三宅の可愛げな声に、長瀬は自分が襲われかけたのもすっかり忘れて頬が緩んでいた。


ゴウ!ゴウ!
無事でいてゴウ!

三宅はあせる気持ちを抑えきれず南にある松林へと走り出した。


三宅を見送り、長瀬は改めて長野の傷の状態を確認する。
弾は貫通してないなら体内に残されているはずだ。
いきなり傷をふさいでしまっていいのだろうか?

あれこれ考えてみても、医療の知識なんてあるはずもなく、薬品棚を眺めたものの何を使えばいいのかすらわからない。時折苦しそうにしている長野に声をかけることしかできず自分でも苛立っていた。

しかし、このまま長野を死なすわけにはいかない。
長瀬は苦しんでいる長野に意を決して言った。

「とにかく弾を取り出そう。それから傷口を縫うから」

使えそうなガーゼや消毒液、針と糸などがビニール袋に入っているのを見つけ出すと準備を始める。
鎮痛剤を見つけ、とりあえず長野に飲ませてやってうつぶせに寝かせると、いよいよ手術にとりかかるため腕まくりをして手を消毒液につけ、懐中電灯を傷が良く見える位置に固定し光りを当てた。

傷口からは弾は見えない。傷をさらに広げ弾の位置を確認しないことにはどうしようもない。
消毒を済ませると長瀬は覚悟を決めて、メスを持った。
長野の傷口をさらにえぐるような行為は無謀ともいえるものだったが、やるしかない。
メスを皮膚にあて傷を広げる。

「うっ!」
苦痛に顔をゆがめ歯を食いしばり必死に耐える長野。

長瀬はその歯にタオルを噛ませてやった。
長野はシーツをもわしづかみに握り、痛みに耐えている。
長瀬も額に汗し、必死に作業をすすめる。

弾はどこだ。
血だまりの肉の中を指でさわる。
長野がのけぞった。体温は下がっているにもかかわらず、すごい汗だ。
ピッと血管から血がはねて長瀬の頬を伝う。
早く取り出さないと!長瀬はあせる。

と、
これか!
硬い感触が指先に伝わった。
それを慎重にピンセットで取り出す作業に移るが、先が滑ってなかなかつかめない。

こわごわやっているので能率が悪く、返って長野に新たな痛みを与えてるのに気づいた長瀬は思い切って深くそれを差し込むことにした。

「長野君もう少しだから!」

思い切ってぐっと力を込めて弾の周りに差し込み、弾の両脇をがっちりつかみ引き抜く。

う・・ぐぅうう!!

長野も必死にがんばる。

「よし!!とれた!」

やっとの思いで弾を取り出すことに成功した。
しかしまだやるべきことはある。
傷口の縫合だ。
ぐずぐずしてる暇はない。

「もう少しがんばって!」

弾がとれたことにより、長野も安心したようで、長瀬もいくらか落ち着いて作業ができた。
綺麗とはいえないが傷はふさがり、消毒し包帯をしっかり巻くと手術は完了した。
長野に水を飲ませ、からだに毛布をかけてやる。

「ありがとな。長瀬・・・」

長野の声に、親指を立てて見せた長瀬は、汗を拭きながらようやく丸椅子に腰を下ろした。


「坂本が・・それから松岡まで・・・」
ベッドに横たわったまま長野は、その名を初めて長瀬に語った。

「ああ・・・」
「誰に・・殺されたんだろ・・・なんで殺されなきゃいけないんだよ・・・」

深い悲しみが長野を苦しめていた。
その傷以上に。

「一体誰があんなことを・・いきなり撃ちこんでくるなんてさ・・・」
「長野君・・・」

長瀬も長野と同じ気持ちだった。理不尽なこの戦い。
長瀬は長野が発砲された音に自分が駆けつけたとき、前方に見えた黒い人影が走り去ったことを思い出した。

一体あの人影は誰だったのだろう・・・
誰にしても許されることではない。
このゲームに積極的に参加して、仲間に平気で銃を向けている者がいるという事実に、長瀬は怒りを禁じえなかった。

オレはそんなこと絶対できない!したくもない!

長瀬は心の中で何があってもこの気持ちだけは失いたくない。
そう強く願った。




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