15 崩壊

… 2004年6月2日 07:30


いつの間に眠っていたのだろうか。
目覚めた瞳に飛び込んできたのは澄み切った青だった。
岡田は仰向けに寝転がったまま、ぼうっとした頭で青空を眺めた。

一瞬ここはどこだ?と思ったが、鳥のさえずりや、咲き乱れる花のむせ返るような匂いに、何より目覚めた場所が暖かなベッドではなく、野原の湿った草地の上だということに気づくとすぐさま記憶が蘇った。
ここが戦場であるということに。

昨夜はあれから国分の魔の手から逃れようと走って走って、逃げて逃げてどこか分からない場所を彷徨っていた。
疲れながらも歩き続けているうちに朝5時の2回目の放送が入り、ようやく足を止めたのがこの場所だった。

読み上げられた死亡者リストの中に秋山の名前を聞き、恐怖と悲しみのあまり泣き崩れたことまでは覚えていた。
その後激しい疲労に倒れ込み、眠ってしまったらしい。
どのくらいの時間が経過したのだろう。

岡田はゆっくりと体を起こし辺りを見回した。
丘陵上に掲示板が見えた。
見たくはないはずなのにやはり目が追ってしまう。
掲示板に表示されている時刻は7時半を回っていた。
2時間半ほど眠っていた計算になる。

時刻の下の画面にはたくさんの仲間たちの名前が羅列してある。
秋山の名前は最後にあった。秋山以降の犠牲者はまだ出てないようだ。
しかしほっとしている余裕などなかった。

朝日のまぶしさと鳥のさえずりが1日の始まりを告げているが、それはあと半日で自分の運命が決まるゲーム最終日の始まりでもあった。

今、自分がどこにいるのさえわからない状況に岡田は改めて周囲を確認する。
生い茂る草と木々。虫の声。遠くを見渡すと田舎道が続き、民家なのか家々がぽつぽつと点在しているのが目に入った。
地図とコンパスを取り出し位置を確認する。
しかし、自分のいる場所がわかってもそれが何の役に立つのかと考えると苦笑した。

すぐ近くに小川があり小さな橋がかかっているのを見つけると岡田は川に向かってのろのろと歩き出した。

川の水を手ですくいそれを飲み、顔を洗うと、水面に映った自分の姿を見る。
小川のせせらぎに心地よい風。

なぜだ?なぜオレはこんなところでこんな目にあっているんだ?
理不尽な理由で殺し、殺される、殺し合い。
なぜ・・・
死んでいった仲間たち。
殺した仲間たち。
国分が放ったマシンガンの音。
最後に秋山が自分を見た恐怖の表情。

それらは全て現実だった。

オレもあんな風に壊れちまうのか?
どうすればいいんだよ!
どうすれば・・・

――オレ、またひとりになっちまったよ。

殺すことも殺されることもできず、守るものも守ってくれるものいず、今はただひとり。

ひとりで何も持っていない自分。
空っぽな自分・・・

しかし何故かいまだに虫取り網を手放せずに、持ち歩いていたこと気づくと、おかしさがこみ上げて思わず笑っていた。

そして、その目からは流れてきていたのは涙。
悲しみの涙だった。


しばらくそのままじっとしていた岡田だったが、やがて顔を上げると拳で頬の涙をぬぐい立ち上がった。
このままこうしているわけにはいかない。

オレはオレで、自分の足で歩きださないといけないんだ・・・
シリアルバーのチョコレート味をほおばりながら、もう一度地図を見直し、どこへ向かうべきかしばし思い悩む。

国分に遭遇することだけは避けたかった。
いや、死亡者がこんなに増えているということは、国分だけじゃなくほかにも仲間を殺している者がいるはずだ。
嵐も滝沢も死んでしまった。
もうこうなったら誰も信じられないのではないか・・・。

岡田は途方に暮れながら、地図をしまいこむと何気なくバッグの中を見て驚いた。

これは・・・

思わず見覚えのあるその小瓶を手に取る。

これは秋山の武器!
なんでこのバッグに!?

岡田は昨夜のことを思い出し、逃げるときに秋山のバッグを取り違えて持ってきたことに気づいた。

ということは?とがさごそとバッグの底からペットボトルを取り出した。
遊園地で確かに秋山はこの小瓶の中の液体を、ペットボトルに注いでいたから・・・
これはたぶん毒入りの水!

「やべ〜知らずに飲まなくてよかった〜」
思わず声に出し、まじまじとそれを見詰めた。

しかし、特別何も変わったところは見受けられない、それは全くただの水に見えた。

味見してみれば何かわかるかな・・・
一瞬そう思ったものの、
いや、やめとこ。
と岡田は恐ろしげにそれを眺め、バッグに戻すと、まだ中身の残っている小瓶の方は少し迷ってから上着のポケットに入れた。

だけど、これが毒か薬かはわからないからな。武器とはいえないなー・・・
結局何一つ、変わることはないのかもしれない。

もしも自分があのマシンガンを手にしていたら・・・・運命は変わったのかもしれないが・・・。

岡田は大きなため息をつくと、すっかり持ちなれた虫取り網を片手に、どこへともなくその一歩を踏み出した。


人影が見えたような気がして、岡田は背丈ほどもある草むらの中にかがみこむと身を隠した。
歩いてくるのは・・・

光一くん?

何かを思いつめているような鋭いまなざしで、光一は歩いていた。
岡田は声をかけることはできずその姿を見ていた。
隠れている岡田に気づくことはなく、光一は真っ直ぐに目的への場所へと歩いている。
息をひそめ、岡田は光一が目の前を通り過ぎるのを見送った。

その後姿が完全に見えなくなるまで岡田はしばらく潜んでいたが、急に立ち上がると大きな石の上によじ登った。
光一が来た方向を見てみると、民家と民家の間に古びた看板が取り付けられている四角い建物が見える。

あそこから?
岡田は引き寄せられるようにそれをじっと見つめた。

診療所か。
光一君はここで休んでいたのだろうか?
そういえば、教室で怪我したんだった光一君。
先ほど見た、左腕が乾いた血で染まっていた光一の姿を思い返しながら、岡田は白壁がすすけ灰色にくすんでいるその建物の周りを歩いた。

まだ誰かここにいる?
カーテンがひかれていて中の様子は見えない。
誰が・・
鼓動が高鳴る。
もしも、もしも太一君だったら?
太一君以外の人物でも、殺意のあるものだったら?
遊園地での惨劇が脳裏によみがえってくる。
どうしよう・・・
岡田が迷っていると、建物の窓から中の声が漏れてきているのに気づいた。

「どうしよう・・長野君大丈夫かな。熱が下がらねーよ」

この声は・・・長瀬くん?
長野君が熱?

岡田は入り口に回ってみた。

ガチャガチャとノブを回すが鍵がかかっているようだ。
岡田は どんどんと拳でドアをたたく。

「オレ!岡田!長瀬君いるんでしょ?開けて!」

すると、何か物音とささやき声が中から聞こえたと思ったら急に音が止み、静まり返った。
岡田は辛抱強くしばらく待った。

ぎいっ

ようやく古ぼけたドアがきしんだ音を立てて開かれた。

「長瀬君・・・長野君病気なの?」
現れた主に岡田は開口一番問い掛ける。

「ああ、岡田おまえ一人か?」

細く開けたドアの隙間から、きょろきょろと辺りを見回し長瀬が言った。

こくん。と頷くと、張り詰めた表情のまま長瀬は岡田を中に招き入れた。

「イノッチもいるんだよ。さっきまで光一もいたんだけど。岡田は無事だった?」
「ほんとに!井ノ原くんも!?光一君とはさっきすれ違ったけど・・・俺はまあ見てのとおりだよ」

思わぬ友との再会に岡田は何をどういえば分からず、頬をゆるめて笑顔を見せると

「そっか」

ようやく緊張が解けたように長瀬も頷いた。
そこに井ノ原が姿を現した。

「井ノ原くん!」
井ノ原の顔を見た途端、岡田は思わず涙ぐみそうになった。

「おお〜岡田!おまえ無事だったか!」
井ノ原も喜びを隠し切れない笑顔で岡田を迎え入れた。

しかし、中に入ると長瀬は「長野君の容態よくないんだ・・」
厳しい顔をして、診療室のドアを開け先に入ると、岡田にも入るように促した。

岡田はベッドで苦しんでいる長野を見て棒立ちになった。

「長野君・・」
「昨夜マシンガンで撃たれたんだよ。顔見てねーから誰が撃ったのかわからないんだけど。長
瀬が弾取り出して傷ふさいだのに、今朝方から具合が悪くなったみたいで・・・」
「マシンガン!」

井ノ原の説明に驚いた岡田だったが、国分がマシンガンを持っていたということを長瀬の前で言うのをためらい、同じV6のメンバー長野の顔を見下ろした。

「ながの・・・くん」
長野の手を取り呼びかける。

うっすらと開いた目が彼を捕らえたのは、ほんの少しの間だった。
長野は苦しそうな顔を岡田の方へ向けたものの、また瞳を閉じた。
顔色は青ざめておりかなり衰弱しているようだ。

ようやく信頼できる仲間に会えたのに、喜びよりも悲しみのほうが大きかった。

それより、マシンガンを持ち坂本を撃ち殺したのは国分で、おそらく長野もその標的にされたということ、そして秋山と自分がその武器を奪ったものの奪い返され秋山が殺されたという、どうやら自分だけが知っているこの事実を告白すべきか、岡田は迷っていた。

長瀬君になんて言おう・・・
太一君と同じトキオの長瀬君になんて・・・
岡田がそれでも意を決したように、「あの・・」と言いかけたそれより一瞬早く長瀬が口を開いた。

「どうしよう。このまま熱が下がらなかったら・・・」

長瀬は途方に暮れたように岡田と井ノ原を交互に見た。

「それにここ、水が出なくてさ。俺らも、もう水がないんだよ」

井ノ原が長野の額の上の熱を吸い取り、熱くなっている濡れタオルに手を触れながら、途方に暮れた口調で言った。

「水なら・・・」

岡田が口を開くと長瀬がえ?と眼差しを向ける。

「オレも持ってないんだよ。武器もこれだしさ」

自分のバッグの中の毒かもしれないものが入っている水を差し出すわけにもいかず、かといってその成り行きを説明するのが面倒くさかった岡田は単純にただ「水はない」そう言った。それから腰の後ろのベルトに差し込んでいた虫取り網を、気恥ずかしそうに取り出した。

井ノ原が虫取り網にぷっと吹き出し、あきれたような感動したような顔で岡田を見た。

「おまえな〜似合いすぎだって!それが武器でよく生きてこられたなあ」
「いやー。まあな いろいろあったんだよ・・・俺だって」

照れたように岡田は頭をかいたが、その仕草に長瀬まで笑い出すと、それまで陰鬱だった室内の空気が明るくなった。

「っとになんだよ!つかえねーな。おまえは昆虫採集でもやってろよ」

井ノ原が冗談めいた口調で笑った。

「よせよ」
と、長瀬も井ノ原をたしなめつつ

「しかしはまりすぎだよなーおまえそれ違反だって!絶対うけ狙ってるもんきたねーなー」
とやっぱり笑った。

「なんだよーみんなして、みんなの武器はなんなんだよ」

岡田の反撃に長瀬がニヤニヤ笑い井ノ原を指でつついた。

「まあイノッチも人のこと笑えねーよな。あの武器じゃ。つーか武器じゃないかあれは」
「んだよ〜いいんだよ俺は!長野くんのすごいのがあるんだから!」
井ノ原が長瀬の足を払いにかかった。

あ〜なんかやっぱ仲間っていいなあ・・・うっかり忘れそうだったよこの感じを。
岡田は何気ないこんな二人の楽しげなやりとりにも感動していた。
これで長野君の熱さえ下がれば本当に元に戻れると思えるほどに。

「あ!だけど」
岡田が思いついて出した声に

「なんだよ・・・」
面倒くさそうに井ノ原が反応した。

「今小川があるとこ通ってきたんだ。そんなに遠くないよ」
「まじで?」
「うん。ここから100mくらい先だったような」
「わかった。俺その水汲んでくるわ」

長瀬が立ち上がった。空のペットボトルを用意し、バケツを探し出すと
岡田に「場所案内して」と言うのに岡田も「うん」と頷き外に飛び出した。

「イノッチ待ってて。長野君お願いするわ」
「わかった。気ぃ、つけてな」

ようやく井ノ原もホッとした顔になり二人を見送った。


長野と二人で部屋に残された井ノ原は、壁にたてかけられている岡田の虫取り網にふと目線がいった。
やっぱ悪かったかな〜ちょっと岡田のこと笑いすぎたかなー。
井ノ原は自分のバッグを取るとそれを開けてみた。

「確かに岡田の虫取り網を笑えないよな・・・これじゃ」

その武器とはとてもいえない武器を手に取り、身につけてみる。
ははっ。俺のこの格好見たらきっと受けるだろなー。
虫取り網とセットで出迎えてやろう。
と、サービス精神旺盛の彼はある企みを思いつくとくくくっと小さく笑っていたが、長野がうめき声を漏らしたのに、それを外すと机に置いて駆け寄った。

ひどく苦しそうな長野は水を求めていた。

「今長瀬と岡田が水汲みに行ってるから・・」

井ノ原はそう言いながらドアの方を振り仰いだ。
すると入り口に置いてあるバッグが目に付いた。
岡田のバッグだ。

あいつほんとに水ないのかよ・・・少しくらいなら残ってるんじゃねーのか?
だいたい小川通ってきたんだろ?

そう思うと、悪いとは知りながらも井ノ原はバッグを開けてみた。



小川で水を空の容器と、診療所にあったバケツに汲みいれ、岡田と長瀬は来た道を戻ろうとしていた。でこぼこの道にバケツ一杯の水がときどきぽちゃぽちゃとこぼれると、点々とした後を道筋につけていた。

「・・・それで、長野君の弾を取り出したんだ・・・麻酔なしでさ」

いかにも痛そうな話を聞いて岡田は顔をしかめてみせた。

「だけどそれがいけなかったのかな。ちゃんと消毒したのに・・・」

長瀬はかなり落ち込んでいた。

「そんなこと、オレだったら手術なんてたぶん出来なかったと思う。長瀬君はすごいって!オレだったらきっと・・・」

ん?と長瀬は途切れた言葉の続きを待っていたが、岡田はそれ以上を話す気はないらしい。

それどころかたぶん逃げ出しちゃうよー
とはさすがに言えず岡田は口ごもった。


長瀬もそれ以上は聞くことができず同じように口をつぐんで、黙々とバケツを手に持ち歩く。
青空に太陽が眩しい。
今日も島の天気はよさそうだ。人生で一番長い一日が始まったのだ。
今日のこの日で全てが終わる。だけどあえてそこには触れないようにしているのが互いにわかってしまい、どことなく二人の間にはぎこちなさがあった。

長瀬くん。松岡君は秋山君が殺したんだよ。
それに太一君が坂本君と秋山も殺したんだ。マシンガンで・・・・

何度もでかかった言葉を飲み込み
岡田はそうっと長瀬の横顔を盗み見た。

それは隠し通せるものでもなく、いずれ言わなければいけないことだ。

だけどまだだ。まだ。
水を運び長野君の処置をして、それから井ノ原くんと長瀬君の二人の前で話そう。

そう心に決めると岡田は少し軽くなった心で歩みを進めた。

二人はそのまま無言で歩き、診療所が見えてきたところで立ち止まった。

長瀬が額の汗をぬぐう。

代わろうと手を出しても、いいと岡田の申し出を断って笑顔になった。

「だいじょうぶ。この水はオレが持っていきたいんだ」

そっかと岡田も微笑み返して、突然思い出した。

「そういえば、光一くんさっき見たんだけど?どこに行ったの?一緒にいたって言ってたじゃん」
「うん。光一、中居くんに会いにいくって。それでこのゲームやめさすって言って・・・」
「え?そんなことできるわけないじゃん。だって・・・」

言いかけたものの岡田は急に自分が恥ずかしくなった。
そんなこと誰よりもわかってて、それでも行かずにはいられなかったんだ。
そして、長瀬くんも井ノ原くんも、わかってて行かせたんだ・・・

「そっか・・・光一くん。行っちゃったんだ」
「オレ信じてるから・・・」

長瀬は遠い場所へと歩き出した光一との約束を思い出してるかのように呟いた。
そして
「ちくしょーっとにいい天気だなー」
と、空を振り仰いだ。



井ノ原は、不思議そうに岡田の水の入ったペットボトルを見ていたがそれを取り出すとついにキャップを開けた。

「あいつなんだよ。やっぱ持ってんじゃん。自分の分やるの惜しいからって・・・」

そう言いながら長野のところにそれを持っていった。

「長野君。水だよ」

と長野を抱き起こし岡田の水を口に含ませる。

長野は当然のようにそれを口に含みごくごくと喉に流し込んだ。

「心配しなくても大丈夫だから。今長瀬と岡田水持って来るから」

井ノ原は目を細めた彼独特の笑顔をつくり、長野をまたベッドに寝かせると自分も岡田のそれを喉に流し込んだ。

怒るかな あいつ・・・でも嘘ついたあいつが悪いんだから・・・。

乾いたからだに水が染み渡っていくのを感じていたが、突然自分のからだに異変が起きたのを感じ井ノ原は水を取り落とした。

うっ!
なんだ?なんだよ。苦しい・・
息が・・・
くるしっ・・
な・・・なんで?
息ができねーんだよ!?



長野は、真っ暗な夢の中にいた。
いや、夢なのか自分が見ている幻想なのかわからなかった。
ただ暖かく居心地のよい場所に自分はいたはずだった。
時に気まずくなったり、言い争ったりしたこともあった。
それでもそこはいつも優しくて、自分のいるべき場所があった。
いつだってあいつらの顔があった。
当たり前なその空間。
それが突如として奪われた。
理由も分からぬままで。

――なあ、なんでだよ?
なんでおまえいないんだよ?

いくら見回してもスポットライトが落ちたその場所にあるべき坂本の姿がなく、ぽっかりと白い空間が寂しげに、いない坂本の存在を訴えていた。

あれ、みんなどこだ?

突然ライトが消え目の前が真っ暗になった気がした。
さっきまで笑いあってたメンバーがいない。

なあ、どこ行くんだよ?
オレおいて。
みんなどこ行くんだよ?

みんなのところに行こうとしても見えない壁によって阻まれる。

「待ってよ!置いてくなよ」

壁の向こうのみんなが長野に背を向けて去っていくのに必死に呼びかけるがそれらは吸い込まれるように消え見えなくなった。

なんでだよ・・・みんな・・・

・・・あれ?
なんだおまえ

気配に振り返るとそこには坂本がいて笑っていた。
懐かしいその笑顔。
そこにいたのか
こっちに手を伸ばしている坂本に自分も手を伸ばした。

そっか、おまえ先にそっちに行ってたんだ。ごめんな一人にして
俺も今いくからよ――

ベッドの上で長野の手が何かを掴むように上に伸びた。
その手が空を掴むと、だらり、と下に落ちた。



意味わかんねーよ・・・
なんで?なあ・・・なんでだよ・・・

部屋中をのた打ち回りながら井ノ原は胸をかきむしっていた。
指先から伝わったしびれに今では体中が支配され、痙攣してきていた。

それでも必死にその苦しさから逃れようと這いずり回っているうちに、薬品棚にぶつかり、棚のものが落ちてくると、そこらじゅうに派手に散らばった。
何かにつかまろうと空をさまよう手が、壁の虫取り網に触れるとそれを握り締めた。
そして机にからだごとぶつかると井ノ原は仰向けに倒れた。

天井がまわってる。

あれ・・坂本君?坂本君のからだ血まみれだった・・・
だけど胸に白い花が・・あった。
あれ誰だったのかな?
オレにもそんなことしてくれる人いんのかな?
誰か悲しんで涙流してくれる人・・・
いんのかな・・・
なあ・・・
苦しいよ・・

そして、苦痛にゆがむ顔を反対に向けると、ベッドから長野が半身を落とした格好のままこっちを見ていた。
その瞳はやさしく微笑んでいるように見える。

しかし、だらりと下に落ちている手がその生命が果てたことを告げていた。

長野君?あれ?
長野君も息できないの?
なあ・・俺たち
死ぬの?



「ただいま」
あー手がいてえ
と診療所のドアの前にバケツを置いた長瀬と岡田がドアをノックしたが返事はない。

「・・・れ?」
「イノッチ?イノッチ?おーい」

返事はない。
ノブを回しても開かない。
出るとき、ドアには鍵かけておいてと言った通り井ノ原はきちんとかけていたらしい。



「井ノ原くん外に出ていったのかな」

岡田が不思議そうに長瀬に言った。
まさか・・・と長瀬は窓へと駆け寄った。しかしカーテンがひかれているため中は見えない。

「おーい!あけてよ」

窓を叩いても返事はない。
岡田と長瀬は顔を見合わせた。

「離れてろ」 と岡田に言い、長瀬はどこからか石を持ってくると窓に石を投げつけた。

がちゃん

その石は薄い窓ガラスを割った。

割れ目をさらに叩いて窓ガラスを落としてようやく中の様子を見渡すことができた。
長瀬の目に写った光景は・・・

「うそだろ!イノッチ!長野君!?」
「ど、どうしたの?」

岡田もわけがわからないまま長瀬の後ろから中を覗き見た。



室内ではとんでもないことが起こっていた。

ベッドから半分落ちている長野は、口元には微笑を浮かべていた。
しかし見開かれた目は動かず、右腕は力なくだらりと下へと落ちている。
その反対側には井ノ原がやはり倒れているが、何故か仰向けの顔の上には、ヒーローのお面が覆いかぶさるように乗っていて、手には例の虫取り網が握られていた。

な・・なんなんだ?

その様子に、井ノ原が二人を脅かそうとふざけてるのか?と、岡田も長瀬もそう思い顔を見合わせたが、そのとき窓から吹き込んだ風で面がずれ、隠されていた井ノ原の顔が見えた。
それは苦悶し目を見開いたまま息絶えた、青白い顔だった。

「うそだ!なんで?誰が?」

「誰がやったー!」

【長野昌行 井ノ原快彦 死亡 残り11名】

 

岡田は最初何が起こったのかわからなかった。
誰かが侵入してふたりを殺したのだと思った。
しかし、井ノ原が苦しさから暴れたせいで床に散乱したと思われる数々の物の中に岡田はそれを目にし全てを悟った。

あ・・・

「ああああああ!!」

岡田はその場にひっくり返った。

オレのあの水を?
あれを飲んでふたりは・・・・

ペットボトルの水がまだ中身を残したまま床に転がっていた。

長瀬はそんな岡田の様子に気づくこともなく、窓の鍵を開けると部屋へと上がりこんだ。

「長野君!長野君!」

長野に駆け寄り名前を呼ぶが反応が全くないのに驚愕し、その後井ノ原の死体にかがみこんで腕に抱き寄せると、ぼろぼろ涙を流して泣き崩れた。

さっきまで一緒にいた仲間が死んでいる。
たった10分前だった。
まだこのからだは温かいぬくもりがあるというのにもうニ度自分を見て笑うことはないのだ。

「な・・何で?何でこんなことになったんだよ!」

長瀬は叫びながら二人の死体を交互に見比べた。

「誰が?誰がやったんだ?」

「・・・・」

後から部屋に入ってきた岡田は、その視線を受けたが何も言えず口をつぐんだ。

「おかだ・・・何でだよ?オレたちがいない間何が起こったんだよ?なんで二人とも死んでるんだよ・・・。」


何もわかっていない長瀬は混乱のあまり岡田に救いを求めていた。

「わか・・わかんないよ」

本当のことを言い出せず岡田の胸は激しく痛み出す。

「岡田・・・なんでなんだよ。なんでこんなことに・・・」

尚も長瀬が岡田の名を呼び、真っ直ぐなまなざしを投げかけた。

「オ、オレのせいじゃないよ・・・そうだよオレだってわかんねーよ・・・オレは水なんて持ってないって言ったんだ。その言葉に嘘なんてなかった!・・・なのに」

罪悪感にさいまなされつつも、思わず口から出た言い訳じみた自分の言葉に驚いて岡田は口をゆがめ長瀬から眼を背けた。

「・・・あ?なんて?今水がどうしたって?」

長瀬が疑惑の目を岡田に向けると
ぷつん。
岡田の中で何かが切れた音がした。

「そ、そうだよ・・・!井ノ原くんたちが勝手に飲んだんだからそっちが悪いんだよ!」

岡田は叫んでいた。
そしてそれは新たな悲劇の始まりの幕を開けた。

「水?おまえ何言ってんだ?」

長瀬は意味不明なことを口走った岡田に一歩近づいた。
涙のあふれた瞳でまっすぐ自分を見る長瀬に、今度は視線を逸らすことができず岡田も見つめ返した。

「おまえ・・・何言ってんのか全っ然!わかんねーんだよ!!」

長瀬は床を見回した。
散らばっているものの中に、3分の1程度の量の水を残し、転がっているペットボトルを見た。その周りの床にはこぼれた水の水溜りができている。
ゆっくりとした動作でそれに手を伸ばした。

「おまえの言ってる水じゃない水ってこれか?」

長瀬はそれを持ち岡田へと歩みをまた進めた。

「さー・・・さーね」

長瀬に歩み寄られ自然に岡田は後ろへと下がりだした。

「おまえ?これ水じゃないなら何なんだよ?」
「・・・・・」
「なあ。答えてくれよ。これは何なんだ?一体?」

じりじりと後ろに下がっていた岡田だがもう後がないことに気づいた。
壁が背にあたっている。これ以上は後ずさりできない。
長瀬が激しい怒りの灯火を瞳に燃やした。

そして岡田の襟首をつかみ引っ張り上げようとしたとき、何かが床に転がった音がした。
長瀬はそれをじっと凝視し拾い上げた。

「これ・・なんだよ!?」

例の小瓶を手にすると、持っていたペットボトルと見比べていたが、信じられないという顔つきになりそれらを岡田の顔の前に掲げた。

「岡田ぁ!なんなんだよこれ!?これまさか・・毒か?!・・・」

長瀬はそこではっと言葉を止め岡田を睨み付けた。
ほんの数分前まで打ち解けていた眼差しではなく、悲しみと怒りのために揺らめいているその瞳で。

「おまえの武器ってホントは・・・!オレらお前のこと信じてたんだぜ?まさかおまえ最初から毒しくんで俺たちを!?」

岡田は愕然とした。

オレが最初からって・・・長瀬君!そんな・・・!!

悲しくて悲しくて仕方なかった。
こんなに悲しいことはないと思った。
体中から力が抜けていく。
憎しみの目が自分を見ている。
だけど岡田は違うとは言えない。

違うといくら叫んでも、仲間を殺した過ちは許されることはないだろう。
もしもこれが間違いだったと長瀬君がわかったとして、その怒りの矛先はどこへ向かうのだろう。
行き場のない憎しみを抱えてどこへ行くというのだろう。

自分の持っていた毒入りの水を含み長野君と井ノ原くんが死んだ事実は変えられない。
これが自分に与えられた罰なのだ。

オレは俺自身に制裁を加える――


「なあ・・岡田!」

尚も詰め寄る長瀬に岡田は突然笑い出した。

くくくっとさもおかしそうにそれは始まり、呆然としている長瀬の前でとうとう、ハハハッと声をあげて笑い出した。
長瀬は岡田を異様なものでも見るように立ち尽くしている。

「やっぱ疑ってたんだ。長瀬君だって。心の中では俺のこと。口では友達だなんて言っててさ・・ハハハハハ・・・そーだよ。どーせ俺ら死ぬんだぜ?どんなにトモダチだって殺さなきゃ自分が死ぬんだぜ?結局そうゆうことなんだよ な?長瀬くん?」

まるで分裂したもう一人の自分が話しているような妙な感覚で、岡田はその自分の声を聞いていた。

「はあ!?なに言ってんだよテメー!」

激昂した長瀬がすさまじい剣幕で叫んだ。
ふと、岡田の耳に秋山が「俺松岡君殺しちゃったんだよ・・」と言った声が聞こえてきた。

あのときの秋山の気持ち、今になってわかったよオレ・・・
秋山、オレも殺しちゃったよ。殺意もってなくても殺せるんだこの世界では・・・

「しょうがないよここはこうゆう世界なんだよ!
ねー長瀬くん?松岡君に襲われそうになって秋山が逆に松岡君殺したんだよ?その秋山を誰が殺したと思う?太一君なんだよ!?坂本君殺して、長野君にまで撃ち込んだのはマシンガン持ってた太一君なんだよ!
あんたら何も知らないでここで仲間助けててそれが何になるの?」
「松岡!・・・太一がそんな・・・うそだー!!!」

逆上した長瀬が岡田に殴りかかった。
手から小瓶と、キャップが開いたままのペットボトルが滑り落ち、床へ転がっていった。

「うそなんかじゃないよ・・・・」

強烈なパンチを受けた岡田はそう吐き出すと、壁を背にして崩れ落ちた。

「うそだ。うそだ・・・そんなことうそだ!」

長瀬は泣きながら岡田を殴った。
うそだと口にしながらも、岡田の言っていることは本当なのだろう・・
ということを長瀬は直感しつつも、それをどうにも受け止めることができず岡田にその怒りをぶつけていた。

しかし、それは決して殺意からではなかった。
新たに友を失った悲しみと、岡田の口から語られた真実へのどうしようもない憤りと、このゲームによって変わってしまった友への悲しみから、長瀬は涙を流して岡田を殴り続けた。

「岡田ぁおまえいつからそんなんなっちまったんだよ!光一は、あいつはたった一人で敵んとこ向かってるんだぜ!?俺たちがしっかりしないでどうすんだよ!?」

切れた口の中に鉄の味が広がっている。
床に向かって血を吐き出して岡田は長瀬の言葉にふっと笑った。
長瀬は振り上げた手を止めてその顔を凝視した。

「ばかだなあ。ホントに信じてんの?光一君逃げ出したンだよ・・・」

うおおおおおおお!
長瀬の怒りが炸裂した。
後はもう覚えていない。
ただ悲しかった。
ただひたすら悲しくて、そして無抵抗の岡田の首に手をかけた。


  ごめん・・


そんな声が聞こえたような気がした。

ハッと気づいて手を離す。

しかし、岡田の首ががくりと垂れた。
岡田は死んでいた。

「お・・・かだ?」

自分の腕の中でぴくりともしない岡田。
長瀬は恐ろしいものを見るような目つきで自分の両手を眺めた。

「うそだろ?岡田?」
「おい!岡田返事しろよ!返事しろって!岡田!おか・・・」
「お・か・だ・・・」

長瀬はかすれる声で名前をを呼んだ。
岡田の顔はやさしい穏やかないつもの顔に戻っていた。

【岡田准一 死亡 残り10名】

 

「ごめんよ・・・光一。オレ約束守れなかった・・・ごめん。
ごめんよ山口くんもオレのこと待ってるかな・・でもオレやっぱ会いにいけないや・・」

太一君がマシンガンで仲間殺してたなんて・・・
オレそんなこと信じられないよ・・・・・・そんなこと言えないよ!

次々と浮かぶ仲間たちの顔に、さっき自分が殺めた岡田の顔が重なった。
長瀬は自分の武器のロープをバックから取り出しすと外に飛び出した。

 

VIPルームでは
「ちょっとちょっと!」
遅い朝食をとりながらまたも吉原がけたたましく喋りだしていた。

「なんだい 吉原君」
いかにもうんざりとした顔で議員の中田がそれに対応する。

朝食はステーキという、なんとも胃がもたれそうなメニューだった。
それをモニタの中の死体を見ながらいち早くぺろりと平らげた高橋が、我関せずといった姿勢でその声を聞いていた。

「もう!いきなり診療所チームが死んじゃったじゃない!残り10名になっちゃったわ。なにみんな落ち着いてんのよ」

「失礼します。どうかなさいましたか?」

タイミングを計ったかのように、食後のコーヒーを杉田が運んできた。

「盛り上がってきたのに、みんな冷めてるんだもん。つまんなくて」

杉田はオッズ表が映し出されている左上のモニタに視線を走らせた。

「吉原様の二名生き残ってらっしゃるようですね。
中田様は三名ですか。
高橋様。高橋様も・・・二名。中々の大口が残ってらっしゃるようですね」

問いかけに高橋は表情を変えもしない。

「ああん!一体おふた方は誰に賭けているのかしら!?ちょっとくらい教えてよ〜。
ちなみにわたしは、本命は山下くんよ!
山下くんがんばれ〜!フレ♪フレ〜♪」

疲れを知らない吉原は相変わらずテンションが下がらない。
毎度のことに高橋も中田も動じないが、高い声はやはり耳障りだった。

「それ以上騒ぎ続けるなら、おまえもこのゲームの中に放り込んでやるからな」
コーヒーを片手に、モニタをから目を離さず高橋が言うと

「こわーい!でもそれ楽しそう〜!!」
さらにオクターブあげた声で喜んだ吉原だった。

 

診療所を出た光一は、中居がいる校舎へとひたすら歩いていた。
早よ行かんと間に合わなくなる・・・。
太陽の眩しさに目を細め額に汗し、光一は山道を急いだ。
ようやく上りきったところで例のものがピカピカ光っているのが目に入った。

え?なんかの間違いや これは悪い冗談や・・・
嘘やろ?
朝までおったんや。ずっと一緒に。
約束したんや。オレたち。
嘘やん。
うそ・・・
長野君・・・!イノッチ・・・!そして岡田?
それからあれは・・・!

それを食い入るように見上げた光一は力なくよろめいた。
巨大な掲示板が大事な友達の名を連ねていた。

――― 長野博  井ノ原快彦  岡田准一  長瀬智也 死亡 ―――

【 長瀬智也 死亡 残り 9名 】

 

「う・・・うそやん。うそだー!!な・・・ながせぇええええ!!」
光一の絶叫が山の中に響き渡ると、鳥たちが雲のない青空の彼方へと飛び立った。

がっくりと道端に膝を着くと、光一は崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
長瀬・・・長瀬・・長瀬・・ちくしょう!ちくしょう!
激しい怒りと悲しみで頭が一杯になっていた。
なんで、なんで?何があったん?オレが出てから一体あそこで
何が・・・
やっぱりこんなこと思いつきでせなよかったのか?
オレが悪いんか?
長瀬・・・おまえどこにおるん?なんで死んだ?
おまえまで死んでしもうて・・・どないすればいいんや。
なあ?
長瀬・・・ウソやろ・・・

涙がとめどなく光一の頬を濡らし、太陽の光を受けてきらきらとガラス玉のように光ってはこぼれていく。
校舎へと行く道が自分の前に続いている。
光一は涙を貼り付けた顔のままで、それを眺めた。

早よいかんと・・・
だけど・・もう。長瀬もみんな死んでもうた・・いまさら話しにいったとして
なんの意味もあらへん。
なんの・・・長瀬探しに戻らな・・・
なんで死んだのかオレ確かめないと・・・・

そのとき光一は気づいた。
みんな・・死んでもうた?
みんな・・・?

剛・・・
剛はどこおるんや!?
剛はまだ生きとる!
目の前には目指す校舎への道。
そしてそこから左手に別れた道の先に、巨大な観覧車がそびえ立っていた。
光一はそれを見上げながらまだ見ぬ友の無事を祈った。

 

遊園地にでも向かおうかと、だらだらと歩いてた山下が、切っていた携帯の電源を入れ直したのは神社を移動してからしばらく経った頃だった。

「やべぇーやべぇー!すっかり忘れてたよ!電源入れるの!」

山下が取り出した電話の電源を入れた途端、それはまるで待っていたかのように着信を告げた。

うあ、いきなりかよ・・・

ブルーになりながら自分の勝手な行動に怒られる覚悟を決め、通話ボタンを押す。

「君ハ 死ニタイノカネ!!」
「すみません・・・あのときはちょっと・・・」

言いよどむと、機械の向こう側からハァというため息が聞こえた。

「マァイイ・・・。今カラ 指示ヲ出ス。」
「え?は、はい!」

急な展開に山下は驚きつつも返事をした。
指示を聞き終わり電話を切ろうとした直前

「チナミニ 国分ノ武器ハ カッターデハナイ」
「え!?」
「武器ハ―――」

その話は勝手な行動をとった山下への痛烈な一撃だった。
山下はぞっとすると共に自分の悪運の良さに感謝した。

「ソレヲ 教エヨウトシタラ 何故カ 電源ガ 切レタヨウデネ」
「すみませんでした・・・。」

相手が電話でありながら、山下は素直にぺこりとお辞儀をして謝った。
電話を切ると、待ちに待った任務に地図を広げ場所を確認する。

逆戻りかあ診療所。

はじめてのおつかいのような気分で歩き始めたものの早朝から活動していたため、疲れも出てきておりちょっとテンションは低い。

でもまあまた武器ゲットできるんだし、今度は殺しちゃっていいって言われたしなー。
がんばって歩いていきますかー!

ぎらつく太陽を恨めしそうに見上げ、また前を見据えると山下は足を速めた。

 

早く行かなきゃ早く。みんながいるあの診療所へ。
そしたらきっと俺たち助かるんだ。

もうずいぶん高くなった太陽が二人の頭上で照っていた。
斜面を登るのを断念し遠回りしたのと、森田の容態を見、時々休みながら進むことしかできなかったため診療所に抜ける道に出るまで予想以上の時間を要していた。
出血がひどいところに包帯を巻き、木の枝を折れた足に添え、それを包帯できつく固定してやって三宅は森田を背負い歩いていた。
邪魔になったバッグは武器の斧ごとあの場所に捨ててしまった。
仲間がいる診療所に着きさえすれば、なんとかなるだろうと、それだけを信じて。
三宅は、森田の重みをずっしりと体全体に感じるのもうれしかった。
それは命の重みそのものに思えたから。

歩きながらも時々三宅は森田に話しかけていた。
黙っている時が恐かった。
自分の言葉に返事が返ってくるそれをこんなにありがたいと思ったことはなかった。
ふと思いだしたことを森田に問いかける。

「なあゴウ?上でバッグ見つけたんだけどさ、あれゴウのだよな?
武器入ってなかったみたいだけどゴウ持ってんのか?」

ああ・・
と苦しそうに背中の森田が呻いた。

そして
「あれかー・・武器か・・」
と言うと、へっと笑った。

「武器はさ。小技だったよ」
「え?こ・・こわざ?」

突拍子もない言葉に思わず足を止めた三宅。

「ちげーよ。小枝だ」
またもこんなときに冗談を言う森田。

「はあ・・なんだよそれ」
思わず笑ってしまったその瞬間

「なつかしーな」と同時に言った。

はははっ
お互い笑いあっていた。

なあ、例え1分後死が自分たちを待ち受けていたとしても、それでも俺ら笑ってるんじゃないかゴウ?


それからは疲労と焼け付くような日差しのせいで、互いに無口になると三宅は一心不乱に歩き続けた。
ようやく村に入り掲示板が見えたと思ったら、そこには三宅が考えても見なかった名前が表示されていた。

「な・・・なんで?」

思わず声を出すと、いつの間にか三宅の背で眠りかけていた森田もそれに反応した。

「健?」
「なんでみんな死んじゃってるの?」

呆けたようにぽかんと口を開いた三宅はそれ以上声にならず、半開きの口をぱくぱくさせている。
目を開けた森田の視界にそれが映し出された。

「・・・ああ・・・」

診療所で再会するはずだった仲間の名前に、三宅は力尽きたようにうなだれた。
その背で危なく前のめりになるのを森田はこらえた。

一体なにがあったんだよ・・・ほんとにみんな死んじまったのかよ・・・
しかしそれすら言葉にならなかった。

とうとう診療所に着いた二人を待ち受けていたものは、V6のメンバー3人の変わり果てた姿だった。

三宅も森田も呆然とそれらを眺めていた。
森田が苦しそうに吐息をもらした。
三宅は慌ててそのからだを支えながら壁にもたせかけてやる。
苦しげな息を吐き森田は壁にもたれると、ずるずると床に座り込んだ。

森田の目の前に井ノ原の死体。
そして奥のベッドに長野の死体。
壁際に倒れている岡田のそれ・・・
動くことのない3人の体。

自分が今目にしている光景はなんなのだろう・・・。
目が映し出す現実を理解できず、二人は言葉を失っていた。

「な・・・なんだよこれ・・・」
三宅がようやく口を開いた。

「なあ。なんなんだよこれ・・」
森田はそれに答えられない。

「俺たち置いてなんで勝手に死んでるんだよ!」
しかし三宅は気づいた。

長瀬の死体がないことに。
掲示板には長瀬の名前も載っていた。

わからない・・・
一体どうゆうことなのか。
何があったのか、誰が誰を殺したのか。誰が誰に殺されたのか。
何もわからなかった。

ただ分かっているのは、みんなが死んでしまったということだけだった。
しかし悲しいはずなのに何故か涙が出なかった。
悲しいし恐いし悔しい。
そう感じていながらもこの現実を心が拒否し受け付けないのだ。

「なあ・・俺たちだけじゃんか」
V6で残ったの・・・。
こんな体で生き残ってるのになオレ。

森田の言葉に三宅は突然恐怖を感じた。

「ゴウ・・・」
ゴウまでまさか死なないよね?

だけどその言葉を口にするのははばかられた。
もしそれが現実になったらと思うと三宅は恐かった。
たった一人ここに残されることになることを想像し、三宅は心底恐いと思った。

「・・・ナイフとかなんかないか?」

ナイフ?

不思議なことを言う森田に首を傾げながらも、三宅はそれを探した。
何か切るのかと思いながら、がたがたいわせ机の引出しを開けると医療用ナイフが出てきた。

「ナイフなんかどうすんの?ゴウ?」
と言いそれを持っていく。

三宅はナイフを森田に手渡そうとしたが、森田はそれに手を触れる前に突然苦しそうに血を吐きその場に倒れた。

「ゴウ!ゴウ!」

慌てて三宅はそのからだを抱き起こす。
森田は自分の体が限界だということに気づいていた。

それでもこの場所に来るまでは死ねないと、気力だけでなんとかがんばってきたのだが、もうこれ以上は無理だった。
体中が痛かった。
撃たれた傷口が燃え続けているかのように熱かった。
いつ自分が死ぬかわからない恐怖に耐えるのもいやだった。

「なあ。オレ先にみんなのとこ行っていいかな」
「え?」
「お前はヨボヨボの爺さんなってから来いよ」
「な、何言ってんだよ!」

ぶんぶん、と三宅は激しく首を振り森田の手を握り締めた。

「どうせオレはもうほって置いても死ぬからさ。けど・・・どうせならさ。
今殺して欲しいんだよ。健の手で」

――イマ、コロシテホシインダヨ。ケンノテデ ――

森田は信じがたいことをさりげなく言いすぎた。

え?
殺す?
オレが?
オレがゴウを?

三宅は驚き、目の前の顔を凝視した。

聞き間違いかと思った。
聞き間違いであって欲しいと思った。

コロシテホシインダヨ。ケンノテデ

その言葉は異物のように決して耳に馴染むことはなかった。
返す言葉が見つからず、口を開くまで三宅には時間が必要だった。
時が流れる音が聞こえるほどの静けさが過ぎた。


「な・・今なんて言ったんだよ?ゴウ・・・」

かすれた声が自分のそれとは思えなかった。
三宅はようやく森田の意図が飲み込めたが、同時にそれは全く理解の範疇を超えている望みで、あまりにも馬鹿げた話だと思った。

到底それを聞けるわけはない。と――

しかし、冗談だろ?と笑い飛ばすにはあまりにも森田の顔は真剣だった。
本気だ。
本気で森田がそれを言った。
ということをもまた三宅は知ったのだった。

オレの手によって命を絶つこと?・・・それがゴウの・・・

「やだよ!できっこないよ!」

三宅は駄々っ子のように首を振り続ける。

「オレの頼み聞くっていったじゃねーかよ」

それが・・・ゴウの頼み・・・!

「ゴウ・・そんなこと・・」
「オレを殺してくれ」

できるわけないだろ・・・そんなこと・・・!
三宅の表情を読み取りながらも

「オレといるとおまえまでやられちまう・・だから な?」

ほら、と落ちていたナイフを拾い上げ森田は三宅の手に持たせた。

これで突き刺せよ。オレそしたら楽になれるからよ・・・。
他のやつに殺されるなんて真っ平だしさ。
もう自分では刺せる力残ってないんだオレ・・・。

「やだよ・・やだよ・・」

しかし首を振りながらも三宅はナイフを持った手を離せなかった。

ゴウ・・・
俺の手によって死ぬこと
これがゴウの望むことなんだ・・・
ゴウ・・・


目を閉じた森田が、三宅の手に持たせたナイフの切っ先を自分の胸に向けさせた。
尖った先端がその胸に触れると森田は自分のからだをそれに向かってのめり込ませた。

ズブ・・・

三宅は自分の手にしていたそれが森田の胸に食い込むのを見ていた。

それは本当に不思議な気持ちだった。
ゆっくりゆっくり深く深く突き刺さる刃。
赤い色の暖かい液体が三宅の手を包み込む。

ぐぅっ!

森田の声が漏れた。
はっとその顔を見ると

「健・・・ つらくても・・・どんなにつらくても生きるんだ・・・」

しっかりした目でそう言った森田に三宅は頷いていた。

すると

ありがとな

そう森田が微笑んだ様な気がした。

森田の瞳から表情が消え、からだから力が抜けた。
三宅は自分が殺した森田の静かな最期を見た。

【森田剛 死亡 残り8名】

 

その一部始終を、診療所の割れた窓ガラスから見ていたのは、一足遅く診療所に着いた山下だった。

「――森田ト 三宅ハ 先ニ診療所ニ 着イタ。
武器ハ 二人トモ 持ッテナイ。森田ハ 重傷ダ。
シカシ行動ハ 慎重ニ。二人ヲ撃チ、中ニアル武器ヲ 奪エ。
マタ連絡スル――」

少し前の電話でそう告げられていたが、傷を負った森田を三宅が殺すとは全く予想外のことだった。

しんじらんねー!

山下は驚きのあまり声をあげそうになり、窓ガラスから慌てて頭をひっこめた。

うそだろ・・・
どゆうことだよ!健くんがゴウ君殺しちゃうなんて!
頭おかしくなっちまったんじゃねーか?

やべーよ健くん・・・と、呟き顔をしかめてみたが、「あ。びびってる場合じゃなかった!」健君殺して武器獲らないと!と、山下はライフルを手に死体が4つに増えたその部屋を恐る恐るそうっと覗き込んだ。

あれ?健君いない?
どこいっちゃった?

さっきまでそこにいたはずの三宅がいなかった。

森田の死体はまだそこにある。
鼓動が激しくなるのを押さえつけ窓から部屋を見回していると

プルルッ

電話が着信を告げた。

「もしもし?」
「三宅ガ 武器ヲ 手ニシタ」
「え!?」
「撃タレル 可能性ガアル」
「ちょっ!何それやばいじゃん!!」

思わず声が大きくなっていた。
健君にオレが取るはずだった武器を獲られた!

「逃ゲロ!」

電話の声に山下は震撼した。

「誰?」

そのとき三宅の声が診療所の窓の奥から聞こえた。

やばい!気づかれた!?

ごくり
喉が鳴った。

撃たれちまう!

山下は踵を返すと一目散に駆け出した。
木々が生い茂る小道を、後ろを何度も振り返りながら逃げる。

すると、ドンと何かにぶつかった。
うわ!?な、なに!?

―――足だ。
目の前に足があった。

え・・・?

恐る恐る目線を上げてみる。

「うあああああああっ!?」

それは太目の木の枝に、ロープで首を吊られて揺れている長瀬だった。

「な、長瀬くん・・・・」

口からは泡のようなものを吹き出して、白目を向いてこっちを見ている。

うわー最悪!!
死体とぶつかっちまったよー!
なんで首なんか吊ってるんだよ信じらんねー。こえーって!

ガサッ
草の鳴る音がして、ハッとする。
や、やべ!こんなことで立ち止まってる場合じゃなかった!!

そしてまた山下は全速力で走り続ける。

銃弾の音はしない。
大分走ったところで足を止めて後ろを振り返る。

逃げ切った?

診療所が小さく見えた。
辺りは静かだった。
人影も見えない。

危機を回避したことに気づくと、どっと汗が噴出した。


あああ、まじやばかったー!!
まだ心臓がばくばくいっていたのは、走ってきたせいだけではなく、思わず恐いと思ったせいかもしれない。

「っとに!まいったなー。余計なもん見ちまったー」

健くんがゴウくん殺しちゃうし、診療所ん中ではみんな死んでるし、長瀬君も首吊りかよ・・・。
今さっきの間に見たそれぞれの光景が頭の中で渦を巻く。

小石を蹴りふぅーと息を吐いた。
ほっとすると足ががくがくとしているのに気づき、道端でバッグ下ろしその上に座り込んだ。
右手に持っていたライフルもバッグの側に静かに置く。

間一髪ってことだったのかな?
ほんの少しでも逃げ出すのが遅ければ、三宅と対峙することは間違いなかったろう。
想像するのも嫌だった。

恐い・・・

今まで感じることのなかった恐怖という概念。
山下はこのゲームが始まって以来、感じたことのなかった新たな感情を知り戸惑った。

ようやく気持ちが落ち着くと、左手に何かを握り締めていることに気づいた。
汗びっしょりの手の中の携帯電話はすでに切れていた。

助かった!
これがあって。
うん?
違うな。
もともと診療所に行けって指示だされなきゃ、こんな目にあうことなかったんだ。
まあでも俺を生かしておくつもりは本当にあるみたいだな・・・。

山下はその小さな機器に自分の命が握られているようで、不満と希望の入り混じった複雑な思いで眺めた。




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