17 別れ

… 2004年6月2日 10:00 


ジェットコースターの側の、乗車チケット自販機のボックス内に潜んでいた剛は、ひどい頭痛と耳鳴りに襲われていた。

生き残ってるやつらの中に人殺しがおる?
そんなん信じられるわけないやん・・・。
けどイノッチも岡田も、長ちゃんもゴウも死によった。城島君以外トキオも全滅や。
みんな殺される。オレも殺される・・・。

朝の放送で目覚めた剛は、平衡感覚を失った気持ち悪さに、たまらず観覧車から飛び降りた。

その彼が次に身を隠した場所は、トイレ横の木の陰となっているこのボックスだった。

屋根と壁に囲まれている人目につきにくい場所だったため、一度入り込むと他の場所に移動する気はなれなかった。

ゲーム開始からずっと1人で恐怖に怯えていた剛は、あれから何時間も経過していたがいまだ、身体を縮こませているばかりだった。

このまま時が過ぎ24時間目の、「その時」が来ても、何も無かったかのようにまたいつもの生活に戻れるかもしれない。

――現実逃避

精神崩壊を逃れるために彼がとった手段は、根拠も裏付けもない希望的観測ともいえるそれだった。


ぐぅとお腹が鳴った。
腹めっちゃすいたな・・・ちゅーかこんなときでも腹って減るもんやなあ。
剛は悲しくも苦笑いを浮かべた。

バックの中に入ってたやつじゃ全然足らん。
気分わるなって、食べたやつも戻してしもたし・・・。
ろくに食べれもせんで、このまま死ぬんか。
殺されて・・・俺の名前もあそこにのるんかな・・・。
もうあかん。もう限界や。
俺、もうあかんねんわ・・・。

頭の中をぐるぐる回っているのは自分自身の言葉だけだった。

!?
誰か来る!

極限状態に置かれた剛の神経は、異常なほど研ぎ澄まされていた。

遠くから聞こえたかすかな音が剛の耳を打った。
人間が地面を踏みしめて歩くときに生じる、わずかな振動と音を鋭敏に察知し、剛は狭いボックスの中で体を硬直させた。
パニックになったらあかん!
心臓の高鳴りを押さえられない。叫びだしそうな衝動を息を殺してじっと耐える。

誰や? 誰なんや? 

昨日の観覧車から見た岡田の姿を思い出す。

秋山の死体を思い出す。
ここで何か起こった。
あの後岡田も殺されたんや。
そいつがおるんか?そいつがオレを殺しにくるんか?
誰かが誰かを殺し、殺された。
オレは上で揺られてて無事だった。
恐くて出ていかんと隠れて無事やった・・・。
けど、もうあかん。

剛は無意識に日本刀をぐっと握り締めた。

「殺されたくない・・・!」

お願いだからオレを見つけんといで。行ってくれ!

しかし、足音は確実に近づいてきている。

徐々にはっきり、そして大きく響いてくる足音を、息を潜め身を小さくかがめた剛は震えながら聞いていた。

来る!

足音が剛の隠れているボックスの前で止まった。

来た!もうあかん!!

ボックスに忍び寄る影。

「うわあああ!!」

叫び声を上げながら剛は日本刀を鞘から抜き、めちゃくちゃに振り回した。

「おい!よせ!!」

その人物が刀を交わしながら強い口調で怒鳴った。

「おまえ、おまえもオレ殺しにきたんやろ!!」
「剛!」

自分の名前を呼ぶ声に、絶望的な気分で閉じていた目を恐る恐る開け視線を地に這わせると、足下が見えた。

・・・・?

足から上へとゆっくり視線を走らせる。

見覚えのあるシャツ。赤く染まっている左腕・・・・。

「剛!」

そして耳に聞きなじんでいる声。
その顔。

「こ、こー・・・」
剛は急に力が抜けて、両手を地面についた格好で光一を見上げた。

「おまえー無事やったんか!心配してたんや!だいじょうぶ・・・」

か?の言葉を光一が思わず飲み込んだのは、たった今自分のことが分からずに、狂ったように刀を振り回した剛がそうだとは到底思えなかったからだ。

「こーいち・・・」
突然緊張の糸が切れて、大粒の涙が剛の目から零れ落ちた。

「どないなってんねん。みんな・・・」


場所を移動し、遊園地の裏口のゲートの陰に身を潜めるようにして、二人は互いにこれまで見てきたことや、起こったことを語りあった。
ひとしきり話すと黙り込んだ光一に剛は一言そう呟いた。

「うん。おかしいて。絶対。長瀬まで死んでまうなんて」

長瀬の死を知ったとき光一は、どうしようもない虚無感に襲われ涙に暮れながらその場に佇んでいた。
それでも彼をここまで突き動かしたものは、その長瀬との約束を果たすという使命感からだった。
絶望の中で、痛みをひきずりながら光一は歩いてきたのだった。

「もうほとんどのやつが死んだんや。光一。俺たちどうなるんやろ・・・」

剛の言葉に光一は思い出したように立ち上がった。

「・・・時間がない。」
光一を見上げる剛。

「オレ、中居くんに会いにいく途中やったんや。
けどさ、なんかようわからんがここ気になって足向いたんは、おまえに呼ばれたんかなー」

光一は自分が長瀬の死を確かめに診療所に戻ることもせず、校舎への道から外れた遊園地へと歩いてきた理由が今わかったような気がしていた。

「光一、中居君に会いにって?・・・」

「無理かもせえへん。けど、どっちにしても死ぬんなら、やるだけやってみたいんや。中居君にいってこの殺し合い止めさせたる」

光一は本気だ。
いつだって光一は泣き言なんていわないで、ひとりで何かに立ち向かってきた。
いつも側にいた剛は分かりすぎる程知っていた。

「けど、それは・・・」

無理や・・・。光一。

言葉にすることなく剛は首を振り反対の意思を告げた。

「もう。あかんのや。オレらみんな死ぬんや」
「剛・・・」
「死ににいくようなもんやんか。おまえの名前あの掲示板に写るなんてオレ耐えられへん!オレはずっとひとりやったんや。せっかくおまえに会えたのになんでまたひとりにならなあかんねん!」

剛の必死の訴えに光一の決心もぐらついた。

「そんなんゆーたって、このままここにおっても何の解決もならへんやろ。それやったら例え無理でもやってみる価値あるんとちゃうかな?」

言いながら表情が曇ったのは、光一自身の気持ちが揺れているからだろうか。

「無駄や。無駄なことして殺されるなんて俺はいやや」
「剛・・・」

光一も剛の思いつめたような口ぶりにそれ以上は何も言えず黙り込んだ。
静寂が二人の間を満たす。
アスファルトの地面にぽたり、と落ちたそれが黒いしみとなり、それが次々増えていった。
剛の目からこぼれた落ちた涙だった。

「どうしても行くっちゅーんやったら・・・」

光一は黙って剛の唇の動きを見た。

「オレここで死ぬわ」

!!

「オレがおまえ殺して、オレも死ぬ・・・」

何いうて・・・・

しかし光一はその言葉を飲み込んだ。

剛がしっかりと自分の目を見つめている眼差しに胸が軋む。

冗談なんかやない。
剛は本気なんや。本気で・・・

「なあ。いかんといてくれ。オレおいていかんといてくれ・・・」

涙のたまった目でそういい続ける剛に困惑しながらも光一は考えていた。
違う。本気で剛は殺すなんて、死ぬなんて思っとるわけやない。
ただ・・・。
ただ寂しいんや。つらいんや。
本当にオレをいかせたないんや。
そんな気持ちがこんなこと口にさせよるんや。

「なあ。剛、聞いてくれ」

しかし剛は耳をふさいで、聞きたくない!というように光一の顔さえ見ない。

「つよし!」
「いやや。いやや。怖いんや。光一までおらんようになったらオレどないしたらええんや?」

恐いんや。オレ・・・

「――わかった。行かへんよ。おまえ置いてオレも行かれへん」

覚悟を決めたような声。
剛は驚いて光一の顔を凝視した。
そのとき苦しげな息を吐いた表情に何故か胸が痛んだ。

どうしようもない痛み。

オレが困らせとる。
光一を・・・。

「おまえ一人も助けられへんのに、みんなを助けれるわけないしな」

そう自嘲した光一。その眼差しは寂しげに遠くを見ている。

ズキン。

胸が音を立てる。

ほっとしたはずやのに、なんでや。
なんでこんな胸が苦しいのや・・・。

黙り込んでいる剛に光一がふと視線を向けた。

「ごめんな」

なんで、なんで謝るんや。なんで・・・・
オレの、オレの・・・
「オレのせいで、ごめん!!」

剛が立ち上がった。

どうしたんや?
オレいかへんよ。もう。ずっとおまえのそばにおるよ。
と光一が剛の顔を覗き込んだ。
やさしく笑って。
それはこの島で見た初めての光一の笑顔だった。

光一・・・
こんなオレと一緒にいたら、光一まで死んでまう・・・
どうせ。
どうせ誰かに殺されるくらいなら・・・

剛はいきなり鞘から抜いた日本刀を振りかざした。

うわっ!

と光一が後ずさった。

剛は手を持ち替えて刃先を自分へと向けた。

「・・・な!」

驚いて声を上げた光一の瞳には、剛が自分の喉元に鋭い刃を向けているのが写った。
握り締めている両手が震えている。

「おい、やめ・・・」
「ごめんな、光一。ケンシロウの面倒よろしく頼むわ」

そう笑った剛に光一は何も言えない。
うそやん・・・
目を閉じた剛がその刃を、自分の首に食い込ませようと手に力を加えた。

「剛ー!!」

光一が叫んだそれと同時に

------ううっ

震える手から滑り落ちた刀が地面へ落ちバウンドした。
剛の手が力なく下に垂れた。

床に崩れ落ちた剛。
駆け寄った光一。

「オレ、オレ、ごめんな・・・」
泣きながら何度も言うのに、同じように涙を浮かべながら光一も頷いていた。


「じゃあ。オレ行くから」
「ああ。気ぃつけてな」

それが二人の別れの言葉だった。
それ以上何が言えただろう。
剛は、追いかけたい気持ちを抑え、去っていく光一の背中を見送った。

「オレの相方。最高や」

呟いた声は聞こえてない。
剛は光一の姿を瞳に、脳裏にくっきりと焼き付けた。


剛と別れて歩く光一にもう迷いはなかった。
ただ今はもう自分の道を信じるしかなかった。

どんな結末が自分を待ち受けていようとも。




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